マルクスが死ぬときに心残りだったことがあると思う。

ひとつは、信用制度論と金融資本論のことである.世界資本主義を論じるには金融資本の分析・評価が必須であり、すでに当時から世界はそれを求めていた。

マルクスは最初、そこまで踏み込むことをためらっていたが、実際にはその作業抜きに資本論を語ることは不可能になってきていた。

ただそこに踏み込むためには、流通過程論をもっと研ぎ澄まさないとならないということで、焦る心をこらえて第2部の構築に全力を集中した。

当初は第二部は第一部の流通過程版であり、さほどの困難はないと考えられていた。しかし途中から第二部は第一部の延長ではなく、第3部の根拠を導き出す導入部と意識されるようになった。それが貨幣資本の析出である。

しかし結果的に第2部が充実すればするほど、その上に乗るべき第3部も、金融資本論のとば口のところで肥大化していく。

大谷さんの論文を読むと、マルクスは草稿第5章ではまだ、利子生み資本論のレベルに留まっており、本格的な信用制度論とは言えないようだ。

商業資本を父とし、高利貸し資本を母として貨幣資本・利子生み資本が生まれ、信用市場が生まれてくるところまでで、論証は終わっており、その後の展開は示唆的なものにとどまっている、というのが大谷さんの主張だ。