もう一度、地体構造のおさらいをしておく。

20 世紀後半ではプレートテクトニクス的地質観のもとで,分類や定義が大きく改訂された。しかし潜在的な問題が未解決のまま現在に至っている。

本稿では,現状の混乱を改めるには具体的にどのように対処すべきかを論じる。

と、明確に「プレートテクトニクス的地質観」、その典型としての「観音開き論」との対決を打ち出している。

2.東アジアの中での日本列島の位置づけ

東アジアと日本列島との地質学関連に関する最近の知識を整理する。

その前に技術的な問題について一言触れておくと、現代の地質学研究の主流は微化石抽出法と呼ばれる。

さらに21世紀に入って砕屑性ジルコン年代学が導入された。これは岩石形成後に高圧変成作用を被った試料からでも原岩形成年代を推定できることから、古年代地質学の飛躍的進歩をもたらしつつある。

…らしいがよく分からない。とにかく地質学も、、もはやハンマーで叩くだけの牧歌的時代ではないということだ。

1) 古生代初頭の日本の地層

地質学的に見て、日本が形成されはじめたのは古生代初頭である。
その頃の日本列島(九州から南西諸島)の基盤は、東シナ海底,そして南中国東縁の大陸地殻に連続している。

2) 南北中国地塊の衝突

この時期の特徴は、南中国地塊と北中国地塊の衝突である。

南中国が北中国の下に沈み込むことで北中国の南端に造山帯が形成された。

これは地質学的には衝突型変成帯の形成として示される。

それでもって、中国の衝突型変成帯と同じもの(砕屑性ジルコン)が飛騨山地と北関東の日立地域に存在する、ということだ。

そしてその変成帯は中国本土の秦嶺から山東半島へ,黄海を渡って朝鮮半島の臨津江帯へと連続する。ひょっとするとハバロフスクもつながっているかもしれない。

3) 中間結論

古生代の地層は中国南部地塊のそれと一致しており、その後の南北中国の衝突による造山帯の形成も、北中国地塊南縁のそれと一致している。

日本列島は最初中国南部につながる付加体として形成され、南北中国地塊の衝突による造山帯として中央山岳地帯が形成された

4)日本海の形成

日本海の開裂は中新世である。観音開き(回転)の地質学的証拠はない。地質学者は横ずれ(南北に走る断層線を境とした)があったのであろうとしている。

日本海の拡大は日本列島の中央にフォッサマグナをもたらした。西端の崖をなした断層が糸魚川—静岡構造線,東端の崖が関東構造線(柏崎—銚子線)にあたる。

フォッサマグナは日本列島の大構造が形成された後にできた副次的な構造の1 つであり,古生代以来の主要な大構造の成立にはほとんど貢献していない。

しかしあらためて読み直してみても、難しい論文だ。