アレンスキーのピアノ小曲を聴く

かなりの数がある。聴くことのできない曲も多い。
曲そのものは平易で、スクリアビンと違って聴くのに苦労することはない。

作品1はカノン形式の6つの小品 (1882)と題されている。コウドリアコフの演奏で聞ける。この中では1曲めの「同情」、3曲めの「行進」が良い。

彼はこの年にペテルブルク音楽院を卒業し翌年にはモスクワ音楽院の講師となっている。

作品8はスケルツォ 変ホ長調の単曲となっている。珍しくチッコリーニの演奏で聞けるが、別に面白いものでもない。

そして1890年に作品15のピアノ組曲が誕生する。29歳というのは比較的遅咲きにも見えるが、その前はかなり長い精神的な落ち込みがあったらしい。

作品15は2台のピアノのための組曲で、これが第1番。第1曲ロマンスはアレンスキーの代表作の一つ。第2曲ワルツもシャレている。第3曲ポロネーズは2台のピアノが大活躍する壮大な曲だが、一人で書斎で聴くには少々うっとうしい。

作品19の3つの小品は、第1番の練習曲のみが聞ける。ショパンの「革命のエチュード」を思わせる佳曲である。もっと演奏されてもよいのではないか。

作品20の前奏曲集は1番のみが聞ける。Bigarruresと題されているが意味が分からない。英語圏の人も苦労しているようだが、とりあえず「極彩色」としておく。ラベルの水の戯れを思わせる曲だが、あえて聞くほどのものではない。

作品23は2台のピアノの組曲第2番。「シルエット」と題されている。作品15の成功に味をしめて作ったものだろう。第1曲は「学者」と題されバロック風の雰囲気でまとめられている。ジュノバとディミトロフの演奏がよい。
3曲め「道化」はこの組曲で一番の佳曲。第5曲「踊り子」はホタのリズムが続いたあと、曲集のフィナーレとなる。

作品24の2つのスケッチは2曲めが良い。まどろむようなメロディーから始まり、悲しみをたたえた第二主題に移行する。良い音の音源がないのが残念だ。

作品25の4つの小曲は1曲めの即興曲がアレンスキーお得意の癒し系音楽だ。2曲めの夢想も出だしの旋律がしびれる。3曲めの練習曲は、曲の最後に「あれっ?」という節が出てくるが、それだけ。4曲目はつまらない。

作品28の小曲集は「忘れられたリズムに寄せて」という副題が付けられている。古いロシアのリズムを集めたものらしい。全部で6曲からなるが、1曲めのLogaèdesはソフトなせんりつで、リズムは普通の4拍子だ。2曲めのPeonは8分の6拍子の速いテンポ。あとの4曲は面白くない。

作品33は、2台のピアノの演奏だ。今度は変奏曲仕立てになっていて主題と9つの変奏から構成される。しかもそれぞれの変奏が舞曲になっているという凝った仕掛けだ。
そのわりには面白くない。面白いのは第6変奏のスケルツォくらいだ。最後の三曲は明らかにショパンのもじりだ。

この曲の前が有名なピアノ三重奏曲だ。エネルギーを使い果たした感じもする。

作品34は子供向けの連弾曲集である。2本の手でも弾けてしまうほど容易な曲だが、意外と面白い。1曲め「おとぎ話」と2曲め「かっこう」終曲「ロシアの主題によるフーガ」が良い。

それにしてもアレンスキー、1894年は書きまくっている。ぐうたらリャードフに爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだ。

作品36、24の性格的作品も94年のものだ。ただし、この曲集はスカが多い。16曲目のエレジーまで聴く気がしない。エレジーもアレンスキーらしくないできだと思う。17曲「夢」、18曲「不安」もよどみ感がある。20番「マズルカ」に至ってようよう乗ってくる。しかし22曲タランテラは出だしはいいのに変な方に行ってしまう。お疲れのようだ。

このあとは96年に練習曲、98年に3つの小品くらいでほとんど作曲はストップしてしまう。

作品41の練習曲は4曲からなる。アレンスキーらしさが戻っている。1曲目の変ホ長調は柔らかく美しい。2曲めも美しいがひらめきはない。3曲めの変ホ短調はベートーベンの悲愴を思わせる佳曲である。4曲目はどうでも良い曲である。

作品42の3つの小品は音源がない。

作品43の6つのカプリースはクームスの演奏で聞ける。第1曲イ短調は作品36のタランテラと同じで、着想は良いのだが発展力が落ちている。第2曲イ長調もとりとめがない。ほかも同断である。

作品46「バフチサライの泉」は特段面白いものでもない。

世紀が変わって1901年、作品52の「海の近くで」という6つのスケッチが発表されている。これも面白くない。同じ年作品53の6つの小品も書かれた。この中では第5曲ロマンスが(だけが)良い。ニコラエーバの演奏がさすがである。
ただアレンスキーの持つ軽やかさが感じられずラフマニノフっぽい。

作品62は2台のピアノのための組曲(第4番)である。第4曲目は「フィナーレ」と題されゴージャスな作りである。

アレンスキーは1861年の生まれだから、20世紀を迎えた時点で40歳。すでにラフマニノフとスクリアビンの時代に移っている。そしてその6年後には亡くなる。

作品63の前奏曲は全12曲だが、そのうちいくつかをYou Tubeで聴くことができる。1曲め(イ短調)は短いが緊迫感のある曲である。12曲め(変ニ長調)もアレンスキーらしさが出ている。しかし取り立てて言うほどのものでもない。

作品65は2台のピアノのための組曲(第5番)である。子どものための組曲と題され、簡素な作りとなっている。子供のためとはいえまったくひらめきがない。どういうわけか最終曲の「ポーランド風に」だけがキラキラ光っている。

作品66はピアノ連弾のための小品集で全12曲からなる。小粒でシンプルだが、1曲めのプレリュード、4曲目のメヌエット、5曲目のエレジー、8曲目の行進曲など往年の面影が戻っている感がある。

作品67の6つのアラベスクは、第2曲ビバーチェや第6曲アレグロリソルートなど新たな響きが持ち込まれている。必ずしも成功しているとは言い難いが。

そして最後が死の半年前の作品74、12の練習曲である。これはまったくの謎である。どうしてこんな曲を書いたのか、書けたのかが分からない。

ここでのアレンスキーはまったくの別人である。第1曲でいきなり完全復活が告げられる。和音は新味が感じられる。第2曲、第3曲はくっきりした旋律線と優しさが印象的である。第4曲は信じられないくらいの分厚いスクリアビン風和音。第5曲のラベル風のアルペジオ、6曲目プレストの調性外し、第7曲アンダンティーノの美しい旋律とこれまでにない和音進行、第9曲のシューマン風、第10曲の推進力、11曲、12曲の力強い旋律線…、まさしく奇跡の12曲だ。

これまできれいごとでやってきたアレンスキーが、初めて自分をモロに出して、意志的な音楽を作り出した。

その瞬間に早すぎる死を迎えたのはまことに痛ましいことだが、死を目前にして初めて意志を明らかにしたとも言えるし、元気だったら相変わらずつまんない曲を書き続けていたかもしれない。そのへんはなんとも言えないのだが、せめてあと1年あればあと一つ書けたのではないかと思う。

ということで、アレンスキーを作曲順に眺めてみると、これだけピアノ曲を書いているにも関わらず、この人は管弦楽・室内楽志向の人だということがあらためて感じられる。
やはり最高傑作はピアノトリオだろう。弦楽四重奏も欠かせない。この人にとってピアノは息抜きないし営業用という感じがする。