滝沢修の「風の新兵衛」

あまり見たことのない「大河ドラマ」だが、奇妙に滝沢修の次のようなセリフだけは憶えている。

「風の新兵衛」は町人でありながら討幕運動に関わっている人物なのだが、「なぜか」と問われる。

いまの世の中をまっとうなものにしたいからでございます。そういう運動がいま目の前にある、それを見過ごすことは出来ません。

もちろんそれがお武家の運動であることは承知しているし、もしその運動が成功しても、また別のお武家さまの世になるやも知れぬ、それも承知しております。

その時は、もう一度考えを改めて、今度は町人も分け隔てなく暮らせるように運動するまでです。なんにもしないのでは、なんにもなりません。

何かをすれば、たとえお武家の運動であっても、その中に次の世の芽が育つのではありませんか。それがいつかは花開く、それを信じたいのです。

もちろん、セリフそのままではない。うろ覚えの記憶を元に私が創作したものである。

変なもので、こんなテレビドラマのただのセリフだが、私にとってはマルクスやレーニンの言葉よりも大事な信条になっている。
ところが、このセリフがいつ頃のなんという大河ドラマのものだったかが思い出せない。

例によってネットで調べてみた。以下のようなことがわかった。

この番組は「三姉妹」という67年に放映された大河ドラマだ。このドラマは視聴率から見れば、ほとんど失敗作と言って良い結果だったらしい。フェミニスト路線の走りだったのだろう。私は、こういう歴史改ざん的フィクションをあまり好まない。
三姉妹が岡田茉莉子、藤村志保、栗原小巻という顔合わせ。前二者については、控えめに言ってテレビ向きの人ではなかった。当時は「コマキスト」という言葉が流行ったくらいの人気だったが、私は「サユリスト」だった(もっと言えば芦川いづみだった)。
出演陣を見ると民芸と俳優座ばかり、左翼総出演だ。民芸でさえ右翼に見えた。


それにしても、67年だったのかと感慨を抱く。下宿の部屋にはテレビはなかったから、おそらく晩飯を食いに入った食堂で見たのだろう。セツルメントに誘われて、いつの間にかいっぱしの活動家になって入党し、民青の北大全学委員になって運動野の真っ只中にいた。
すねかじりでありながら、親の思いとは真っ向から反対の方向に突き進んでいくのだから、世間並みの言葉(論理)を欲していたのかもしれない。
asikawa

裕次郎映画の時はどうということなかったけど、この映画一発で参りました

そこに大河ドラマのセリフがはまり、芦川いづみの凛とした美しさがハマったのではないか、そうも思えてくる。