昨日から1泊2日で東京まで行ってきました。
一度に書ききれないほどたくさんの経験をしてきました。
とりあえず、忘れないように書き込みだけしておきます。
1.三鷹まで行って滝平次郎の展覧会を見てきました。大枚はたいてプログラムも買ってきました。いろいろ感想はあるが、いずれ作品も紹介しながら感想を書いてみたいと思います。
2.帰りに駅前通りの喫茶店によってきました。昭和53年に何回か入ったところで、まだやっていることに感心しました。女子医大研修のときに何回か、三鷹中央病院の外来をやりに行ったことがあります。三鷹の駅からバスに乗って4つ目か5つ目かの駅だったかな。それで仕事の帰りに寄りました。一度、隣のテーブルに手塚治虫が座って、編集者と話し込んでいるのに耳をそばだてた思い出があります。
3.夕方からは日本AALAの主催の勉強会が中野サンプラザであって、それに出ました。第一演題が横浜国立大の先生の「ラテンアメリカの政治状況」みたいな話でした。いろいろ言い分もありましたが、おとなしく聞いていました。これも後で紹介します。
4.第2演題が、今回の旅行の主目的だったベネズエラ大使の講演です。時間がないせいもあって米州機構(OAS)からの脱退の問題に集中して話しされました。大使の深刻感は大変なものがあって、60年代のキューバのように明日にでもアメリカが戦争を仕掛けてくるのでは、という感じで話されていました。これについても2,3日のうちに文章を上げたいと思っています。
5.講演の最中に見覚えのある人が入ってきました。いろいろ考えているうちにニカラグアの大使だと気づきました。これにはちょっと感激しました。そしてベネズエラ問題はラテンアメリカ全体の問題なのだとあらためて気付かされました。もちろん講演の後は大使と交歓を深めました。聞くところによると、あのドゥルセ・マリアはニカラグア大使館の館員になっているようです。ちゃんと給料もらっているかな?
6.会議の後、吉田万三さんたちと繰り出しました。中野の街は大変賑やかでなかなか開いている店がなかったのですが、なんとか腰を落ち着かせることが出来て、総勢6人でワイワイと語り合いました。私はベネズエラに運動を集中させるよう力説しましたが、どう反応してくれるのかな。7月末の総会が楽しみです。
7.結構飲んだと見えて、次の日起きたらもう8時でした。中野サンプラザの上がホテルになっていて割りと感じのよいところでした。16階から19階までがホテルになっているのですが、18階のみが喫煙可になっています。
外から見ても分かるように、中野サンプラザは上のほうが、多分日照権の関係で細くなっています。その分、見晴らしはよい。快適な環境でした。そちら方面に仕事の方にはおすすめです。朝飯はかなり貧弱なので素泊まりのほうが良いかもしれません。
8.朝は阿佐ヶ谷まで行って、多喜二宅のあった馬橋の探索です。北口で降りて線路際の細い道を行くと、予想通りに「The踏切」に出ました。といっても今は高架ですからその下をくぐるのですが。そこから道は車もすれ違えないほどに細く、緩やかにうねりながらどこまでも続いてゆきます。
東京とは思えないほどに静かで、どこかで大工仕事をやっている音が響くくらいです。横に入る道はさらに車も通れないほどに狭く、そのほとんどが行き止まりです。たまにお屋敷もありますが、ほとんどは庭もないような小家が立ち並んでいます。多喜二が住むにはふさわしい環境と言えなくもありません。
大きな稲荷神社があって、その先に杉並第6小学校があって、そこから道は東へと向かっていきます。結局多喜二の家はわかりませんでしたが、街の雰囲気はわかりました。古地図にあった馬橋の風情が未だ残っているということもわかりました。
時計はすでに11時をまわり、6月の直射日光は流石に体にきつい。そこから阿佐ヶ谷駅まで戻りましたが、駅前商店街にたどり着いた頃には体中から汗が吹き出してきました。
9.最後の目的地、高円寺の古書店です。2年前に来て憶えていたと思ったが迷いました。20分ほど道草をしてようやく見つけました。
買った本の題名だけ、とりあえず。
「1億人の昭和史10―不許可写真史」 毎日新聞 1977年
「騎馬民族の道はるか」森浩一 NHK出版 1994年
「古代史  津々浦々」 森浩一 小学館 1993年
10.帰りは結構危うかった。高円寺を出たのが12時半。中野で快速に乗り換えて神田で乗り換えて、あとは浜松町まで快速、と思ったら京浜東北が「信号確認のため」と称してストップ。どうなるかと思ったが、浜松町でモノレールの快速に滑り込みセーフ。
出発1時間前に羽田についた。お陰で靴磨きまで出来た。とは言うものの、崎陽軒のシュウマイは品切れで買い損ね、お土産無しで帰る羽目となった。
11.羽田からの飛行機は乗客確認で20分の遅れ、千歳からの快速は15分待ち、ということで札幌駅に着いたのが18時ちょっと前。ということは飲み屋はもう開いている。それじゃ、というわけで帰宅前にいっぱい引っ掛けてということになる。フクラギのキモとヒモと刺し身をサカナに八海山を、結局三杯も飲んでしまって、我が家についたのが8時半という1日であった。
体のあちこちが近藤選手並みに痛い。明日は起きれるだろうか。