本日の赤旗文化面には西谷敏さんの「労基法の精神」を述べた文章が掲載されている。
労基法は以前にも一度勉強したことがあったが、どちらかと言えば条文の内容についてのものであった。そして労基法(労働基準法)が如何に骨抜きにされてきたかを学んだ。
しかし、「労基法の骨」とは何だったのかまでは触れられていなかった。そこを西谷さんが解説してくれている。
1.「人たるに値する労働条件」
労基法の目的は(目標といったほうが適切かもしれないが)、1条1項にある「人たるに値する労働条件」という言葉に尽くされている。
「人たるに値する条件」というのはいろいろあるが、それはまず日本国憲法の精神である。25条の生存権、27条の労働権、13条の個人の尊重を根っこに据えた「人間の条件」である。
西谷さんは「労基法の根底には一種の理想主義があった」と書いている。
2.「労働条件」を守らないのは犯罪
西谷さんの言葉を少々いじらしてもらうと、こういうことになる。
労基法の最も重要な特徴は、「人たるに値する労働」の最低基準を決め、これに違反するものを犯罪として罰しようとしていることである。
ただしこれは予定してはいたが、実施されるには至らなかったらしい。
この後、西谷さんは労基法の辿った運命を書き記している。
*労基法の掲げた理念は実現には程遠い。
*その原因は労基法が時代の変化に応じて適切に改正されなかったこと、労基法違反が相次ぐ中で実質的に骨抜きにされたこと、労働運動が期待に反して大きく停滞してきたことなどによる。(これらの論点については素直には首肯できない)
*「働き方改革」は憲法と労基法の理念を現実化するものでなければならない。しかし現実の動きは逆である。
*制定から70年、労基法はいま現実化と空洞化の岐路に立たされている。
最後の論点は重要だ。空洞化の岐路はとっくに過ぎていたと思っていたが、労基法そのものが、満身創痍とはいえ生き残っていることを、我々はもっと重視すべきなのかもしれない。