「心不全の新治療基準」への補足
NT-proBNPについて
見てもらえば分かるように、NT-ProBNPはBNPの前駆体からBNPを抜き出した搾りかすの方だ。
したがってBNPを測れば、それに加えてNT-ProBNPを測る必要はない。では何故NT-ProBNPもはかるのか? これについての説明はない。
日本心不全学会のページに「留意点」が載っている。
とにかく失敬なほどに、何も書いてない「留意点」だ。
日経メディカルに「NT-proBNPは心不全検査として有用」という記事がある。2006年の記事で相当古い。
ポスターセッションで、デンマークFrederiksberg 大病院のJens Rosenberg が発表したもの、とされている。これはNT-ProBNPと心エコーの左心機能との関連を見たもので、LVEF40% をカットオフ・レベルとして上か下かと分けるという、相当荒っぽい調査。
結果としては、感度100%でOKということになった。つまりNT-ProBNPが127ng/L以下ならEF40%以下の心不全はないということだ。
これをコストから考えると、心エコー検査が150ユーロ、NT-proBNP検査が22.50ユーロで、患者1人当たりの診断費用を21ユーロ減らせる。
ということで、別にBNPと比べて優れているとかいう報告ではない。
よくある検査のご質問 というページがあって、「ANPとBNPの使い分けを教えてください。また新しい検査NT-proBNPとの違いは?」という質問に対する答え。
端的に言えば
NT-ProBNPの長所は診断における特異性ではなく、血清で測れることや凍結保存が不要なことなどである。
まぁ、そういうことのようだ。
多分両方調べたら間違いなく査定されるだろう。NT-ProBNPなどという言葉、忘れたほうがいい。脳みそがもったいない。
トロポニンと高感度トロポニンについて
私の循環器専門医としての歴史は10年ほど前に終わっている。その頃の最先端がトロポニンTだった。MB・CPKより早いと言われた。
10年後の今もあまり変わっていないようだ。ただ心筋梗塞だけではなく心不全でもそのときに心筋が傷めば、トロポニンは出てくるだろう、ということは予想できる。実際にMB・CPKはケースによっては著増する。
CHFの予後を見る上でたしかに心筋がどれだけ壊れたかを見ておくことは大事だというのは分かる。多分そのへんはデータが蓄積しているのだろうと思う。
ただ、心不全ではそれ以外にも重要な予後規定因子はたくさんあるから、そのうちの一つということになる。とくに心不全の発症あるいは遷延に心筋の炎症(とくに自己免疫)が絡んでいるかどうかは大事な話だ。
その点で、高感度トロポニンは注目される指標となるかもしれない。であれば、高感度CRPも大事になるかもしれないし、場合によっては何か適当な抗心筋抗体も見つけられるかもしれない。
またACE、ARB、β遮断剤などの効果(あるいは不応例)を見る指標としても使える可能性がある。
心筋線維化指標について
これがどの程度役立つのかは、私には分からない。この10年の間に進歩しているのかも分からない。
ここで挙げられているのは可溶性ST2受容体、ガレクチン_3である。
まず「可溶性ST2受容体」だが、これが説明を読んでもさっぱりわからない。
まず言葉通りの「可溶性ST2受容体」という用語は検索に引っかかっては来ない。
あるのは「可溶性ST2」だ。これは可溶性タイプの「ST2」という意味で、「ST2」というのは「インターロイキンⅠ」に対する受容体のライブラリーの中の一つということらしい。
といってもなんだか分からない、という事情には変わりはない。免疫屋さんの世界だ。
「ガレクチン3」というのも似たようなものらしい。
新語シャワーをバイパスして、結論だけ読みたい人はここがいい。「大日本住友製薬」の「医療関係者さまサイト」に下記のアブストラクトがある。
長期心不全リスクの層別化を目的とした2つの心筋線維化バイオマーカーの直接比較…ST2 対 ガレクチン-3
面倒なことは一切飛ばして結論だけいうと、
ST2 は心不全の予後判定に関して独立した因子となりうる。一方、ガレクチンはまったく役立たない。
ST2は心筋線維化およびリモデリングの有望なバイオマーカーとなっているが、それが多変量解析で立証されたということであろう。先ほど、「何か適当な抗心筋抗体も見つけられるかもしれない」と書いたのがこれにあたるようだ。
女子医大で研修していた頃、心筋炎のチームと多少関わっていたので、「すべての病気は炎症だ」という気風にいくらか染まっているかもしれない。
「胃炎も炎症だ」と、胃が痛い人にロキソニンを処方して、薬局のひんしゅくを買っている。自験では二日酔いの特効薬はロキソニンである。
ARNIについて
久しぶりの新薬である。薬屋さんはワクワクであろう。
アメリカでも承認されてまだ2年も経っていない。日本ではフェイズⅢの段階だ。
我が国ではARBが圧倒的だが、これは薬屋のキャンペーンのおかげで、老健ではすべて自動的にACE(エナラプリル)に切り替えていた。それでなんの痛痒も感じなかった。
多分、薬価差だけでスタッフ2人分くらいの差額は稼げたのではないかと思う。
今度の薬は「標準治療薬であるエナラプリルをついに超えた薬剤」と宣伝されている。
47カ国985施設が参加した国際共同臨床試験 で、「エナラプリル群に比べてLCZ696群で20%有意に低下」との成績を叩き出した。
しかし内容をよく見ると、率直に言って革命的な薬ではない。悪く言えば、副作用のために発売中止になった薬をARBと抱き合わせて売り出したに過ぎない。つまりは副作用の出ない範囲に減らしただけであって、長期に使えば副作用が出ないとは限らないのだ。
副作用で中止になった薬というのがネプリライシン阻害薬omapatrilatという薬だ。副作用というのはアダラートやα遮断薬に似ていて、血管浮腫や顔面紅潮、起立性低血圧などだ。
これは素人考えでいうと、ARBやβ、アルダクトンを満度に使ってもうまくいかない人にアムロジンをちょっと足してみたらというオプションではないかと思う。
普通アムロジンは1日5ミリまでだが、これを10ミリ、15ミリまで増やしたらなんとかなるかもしれないという選択である。あるいはカルデナリンを5ミリとか10ミリに増やして、とにかく後負荷(アフターロード)を下げてみましょうということだ。
私はこの先に未来はないと思う。
イバプラジンについて
心不全の薬となっているが、紛れもなく抗不整脈薬(Ⅰf ブロッカー)である。しかもフランス発の薬である。
フランスと言えばリスモダンである。これはⅠaだが、使いはじめて40年、いまも日常的に頻用されている。
余談だが女子医大心研の広沢元所長はキニジン大好き人間で、私もその薫陶を受けてかずいぶんキニジンを使った。キニジンとジギを併用して頻脈発作を止めるという、かなり恐ろしいこともやった。
慣れるとキニジンほど強力で安全な薬はない。VTにもばっちりである。難は在庫がないことである。そして薬剤師が怖がることである。
それはさておき、イバプラジンはいまや心不全の標準薬として世界に承認されつつある。
おそらく陰性変時作用に往々にしてつきまとう陰性変力作用がないのであろう。しかしそういう人間が平気でベータを使うのが不思議でならない。
こういうのを事大主義者という。何故ジギではだめなのかの説明はない。もちろんキニジンについても説明はない。
だから私はこの薬は使わないだろう。使うなとは言わないが…
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