1.ベネズエラを日本の国政システムに当てはめてはいけない

たしかにベネズエラ問題は難しい。問題そのものが難しいというより問題の枠組みが難しいのだ。

大統領を頭にいただく共和政治というのがピンと来ないことが最大の難所である。

とくに大統領の権力が強大な国の政治は、我々にはわかりにくい。

アメリカ然り、韓国然りである。そしてラテンアメリカのすべての国も基本的にはこのタイプである。

いっぽうヨーロッパの多くの国は大統領は置くものの、儀礼的なものであり、実質的には議院内閣制である。

したがって、三権分立とはいうものの、実体としての最高権力は議会にある。

日本もほぼこれに近い政体であるといえる。

なぜそうなったかというと、大本は戦後の天皇制廃止に伴う元首の位置づけにあるのだが、これはこれで大問題なので、とりあえずおいておく。

ところが地方自治体においてはアメリカ型のシステムが直輸入されているから、どことなくぎこちない。

2.ベネズエラを東京都政と比較する

とにかくベネズエラの政治システムを考える場合は、日本の国政を考えるよりは例えば東京都政を考えたほうがわかりやすい。

この間、東京都知事は石原から、猪瀬、舛添、小池と目まぐるしく動いてきた。

しかし、いずれも保守系の知事であるから都議会との軋轢はそれほどのものではなかった。小池都知事になってからいろいろスッタモンダがあるが、本質的なものではない。

しかしこれが例えば美濃部さんのような革新都政だと状況はガラッと変わる。

美濃部さんが出す施政方針はことごとく都議会の反対にあった。では美濃部さんは都議会が反対して法案が成立しなかったら、辞職すべきだったのか。あるいは議会を解散し選挙に打って出るべきだったのか。

美濃部さんはそうは考えなかった。彼は辞任もせず、都議会も解散しなかった。そして都議会の反対にも関わらず次々と革新的な施策を打ち出し、それを都知事の権限をもって実現していった。そうなると、都議会というのは存在意義を失ってしまう。

そこでいろいろとイチャモンをつけて、あわよくば辞任あるいは弾劾にまで持って行こうとする。

こういう行政と議会とのせめぎ合いになったとき、最後に決めるのは都民の世論である。

いずれにしても都政の進め方について、議会と知事はイーブンの関係にあるのだ。

3.ベネズエラをオバマと比較する

オバマは米国の政治史上もっとも進歩的な大統領だった。そう私は思う。やったことがトータルとしてもっとも進歩的だったとはいえないかもしれない。

核廃絶の思いも、医療保障への思いも、中東和平も、所得格差の是正も、キューバとの国交回復もすべて中途半端のままで終わらざるを得なかった。

ものの考え方はとても進歩的だった。しかし8年間の任期中、オバマはずっと議会内少数与党として行動する以外になかった。

議会、とくに下院は一貫してオバマを拒否し続けた。ではオバマは下院の支持が得られなかったら辞職すべきだったのか?

辞職せずに8年間も大統領の座に居座りつづけたことは、民主主義の破棄行為だったのか。

そうじゃないでしょう。逆でしょう。少なくとも米国の世論はそう考えた。「議会こそ最低」という世論が多数を占めた。だからオバマは8年間も大統領を務め続けることが出来たたのではないか。

ベネズエラのマドゥーロだって、議会で選ばれたのではない。国民の直接投票で選ばれたのです。議会に攻撃されたからといって辞める必要はないのです。

議会から攻撃されても、市民デモで攻撃されても、それが破廉恥な罪によるものでない限り、あらゆる手練手管を使って生き延びる権利もあるし、選んでくれた国民への義務もあるのです。

ここをまず押さえる必要があるのではないでしょうか。

4.議会と行政が対立したときの司法権の重要性

強い大統領制を敷く国においては、議会と行政との対立・ねじれはしばしば起こります。

下手をすれば、大統領の任期中ねじれ現象は続くことになります。

しかし行政を中断することは出来ません。だから世論を二分するような施策は別にして日常の行政は継続されなければならないし、場合によっては事実上の法改正となるような一定の判断もくださなければなりません。これは行政命令の形でくだされます。

こういうときが司法の出番となります。まず行政命令の適法性の判断です。これはさほど難しい話ではありません。過去の判例が事実上の法律となるケースは、日本でもよくあります。もっと大きな変更を加える場合は、既存法体系から言えば厳密な意味で適法ではなくなってしまいます。

その際は合憲性が問われることになります。

もう一つは、大統領が立候補にあたって掲げた公約です。これはある意味で国民の支持を受けた政策提案ということになるので、憲法判断において妥当であれば尊重されることになります。

これらの場合においては、「厳密に言えば適法ではないが、憲法の精神に照らして合法である」という判断がくだされれば、行政はその措置を実行することができるわけです。これはネガティブな意味での立憲主義といえるかもしれません。

それがもっとも極端な形で現れているのが、ベネズエラの状況です。

議会は、少なくとも多数派は、政府提案を一切承認するつもりはありません。ただひたすらに政権打倒に向けて動いています。こういう状況のもとでは議会は実質的に無意味なものになってしまいます。その際は、国の政治は政府が提案し、司法が承認し、これを受けて政府が動くという形にならざるをえないのです。

三権分立というのは議会が寝転べば、他の二権でやりくりするという内容もふくんでいることになります。

このような法原理を踏まえた上で、ベネズエラの政治情勢を見ていくことが必要かと思います。