「キューバの教育」を主題として大使が講演するというので、にわか仕立ての勉強を始めたが、早くも捕まってしまった。
以前からこの人の文章が気になるのだが、以前は有機農業の分野だったから、「まあそれはそれとして積極的な受け止めなのだから」と見ていたが、最近では医療や教育の分野にまで手を広げて、「キューバこそ理想郷」みたいな話になってきているようで、早い話が、いっときの早乙女勝元さんの「コスタリカ讃歌」みたいな様相になっている。
かなりの人達が、この人の理論に心酔している。私が話すと、そういう結論にはなかなかなりにくいわけで、皆さん何か不満そうである。
とくに統計的な数字をいいとこ取りして、それを寄せ集めていくと実態とはかなりかけ離れたイメージが出来上がってしまう。これは注意しなければならないところだ。
私はこの間、逆の攻撃と相対してきた。
悪い数字だけを積み上げて、たとえばエクアドルはもうだめだとか、ベネズエラは破滅的状態にあるとかいうキャンペーンだ。
わたしは、「共通のマクロ指標で勝負しよう、世銀の数字で勝負しよう」と主張してきた。そして彼らがしばしば労働諸指標、雇用諸指標、貧困諸指標を分析の視野から欠落させることを、発展の持続性の観点から批判してきた。
経済の発展は生産の発展、消費の発展、欲望の発展の三者が揃って初めて持続的発展に至る。途上国の場合は収奪にとどまらない資本蓄積の発展がこれに加わる。

教育の問題は経済よりはるかに難しい。そこには振り出しからイデオロギーが介在するし、産業の発展段階や発展方向に規定されて教育の重点が異なってくるために、教育をどう見るかという国民的・時代的風土の違いがある。そして経済、政治、文化という3つの裾野を持つ複合的分野であるからだ。
できれば、教育学者・教育行政学者のコンセンサスとして、「教育マクロ」ともいうべきガイドラインを設定していただきたい。

キューバに関して私の感想を言うとすれば、小国として、貧困国としては、実によくやっているということだ。
いくつかの指標においては間違いなく先進国と比肩する水準にあるし、凌駕するものさえある。それはいくつかの国際機関によっても確認されている。日本の文部省のホームページでさえ認めている。
だが、それはやせ我慢してのつっぱり=米百俵の精神であることも間違いない。私はむしろそこにキューバの偉さを感じるのであるが、やはりいろいろ無理をしていることも間違いのないところで、教育を実体的にも国家目標としても支える経済的土台を作り上げていくことが、本当の改善につながるのだろうと思う。