毎日、毎日、テレビでは北朝鮮ばかりだ。
そろそろ分かってもらえてもいいと思うのだが、この異常な北朝鮮攻撃には未来がない。
まず第一に強調しておきたいのは、北朝鮮は我々の隣人であるということだ。これは日本の歴史が続く限りずっとそうなのだ。だから、我々は隣人としてこの問題を考えなくてはならないということだ。
まず、我々は隣人としての北朝鮮に“どうあって欲しいかのか”のイメージを持つことだ。
第二には、北朝鮮の将来像に「ベルリンの壁崩壊」の姿を想像してはならないことだ。それは論理的にはありうるオプションではある。しかしそれはもっとも避けたい事態だ。ミサイルの飛来を予想して電車を止めるなと愚の骨頂だ。そんなことがないように交渉することこそ政府の責任ではないか。「原発が止まると電気が止まる」キャンペーンと同じで、いたずらに危機を煽る政府の無責任さは目に余る。
では、もっと平和的なオプションはないのか。これについても我々のイメージを持つことが必要だ。
この二つがとりあえず強調しておきたい議論のポイントである。あとは、本質的ではないが、反北キャンペーン・反慰安婦キャンペーンが森友隠しの一環であることも指摘しておかなくてはなるまい。
とくに「反慰安婦」をもって「反日」であるとする韓国大統領選挙への干渉は独断・独善であり、必ず将来に禍根を残すであろうと思う。
アメリカにはいつくばりながら、その力をカサに来た日本政府の居丈高な態度は、東アジア人にはつばを吐きたくなるほどに不快であり、「醜い日本」への反発は日を追って強まるであろう。
私もニュースで安倍晋三の顔を見た瞬間にチャンネルを変える「安倍過敏症」の一人である。