擦文時代のもう一つの特徴が、オホーツク文化のアイヌ文化への吸収である。

これがどういう吸収であったかはY染色体ハプログループとミトコンドリアDNAの分布からある程度想像できる。

男性においてはオホーツク人の痕跡はほとんど認められず、女性の半分をオホーツク系が占めるということは、明らかに縄文系人がオホーツク人の居住域を征服したということを示す。

男性は駆逐され、女性は縄文人の妻となった。そしてオホーツク人と結婚しなかった約半数の縄文人男性は、縄文人女性を呼び寄せ結婚したということになる。

したがってアイヌ人は4分の3が縄文人で4分の1がオホーツク人という混血民族になる。

生産様式は完全な縄文人形式で、生活様式の一部(とくに女性の生活)にオホーツク系の伝統が残されるという形式ではないだろうか。

もちろん地域的な濃淡(例えばコロボックルの扱いとか)はあるだろうが、そこまでの知識はない。