鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

大谷禎之介さんが2004年に行った最終講義の記録が読める。

マルクスの利子生み資本論―「資本論」の草稿によって―

と題されている

学生向けだから多少分かりやすいと思って読み始めたが、簡単なのは最初のあいだだけ、どんどん難しくなる。本日の部分は読みやすいところ。

はじめに

マルクスの『資本論』第3部の草稿のうちの,利子生み資本を取り扱った第5章の内容を分析し,紹介する。

これは1980年から1982年にかけて,アムステルダムとモスクワで行なった,「資本論』草稿の調査・研究の成果である。

1.エンゲルスによる編集作業の問題点

(1) エンゲルスの編集作業とそれを困難にしたもの

エンゲルスは,約2年で第2部を仕上げて刊行しました。それからただちに第3部の編集にかかったが,こちらの方には,なんと9年もの年月がかかった。

最大の原因は,マルクスの草稿のなかの,利子生み資本を取り扱っている第5章を編集する作業が困難をきわめたためである。

アムステルダムで『資本論』の草稿に接することができ,第3部草稿を集中的に調べた。そのなかではっきりと分かったのは、エンゲルスが,自分によるものであることを明記しないで行なった実質的な手入れがいたるところにあること、それらがしばしば,きわめて重要な,内容上の変更をもたらしていることだった。

エンゲルスによる編集作業の問題点は,最後まで手こずった,利子生み資本を取り扱っているに集中している。

それは草稿の第5章,エンゲルス版資本論の第三部では第5篇の第25章から第35章にかけての部分である。

背景として,二つの事情に注目しなければならない。

一つは,エンゲルスはまず,マルクスの草稿を読んで、人に書き取らせて,いったん読みやすい筆写稿をつくり,この筆写稿を使って本格的な編集作業を行なった,という事情である。

いま一つは,エンゲルスはマルクスから,第3部の内容をあまり知らされていなかったため,第5章について一種の先入見を持っていたという事情である。

エンゲルスは,この篇は「銀行と信用の篇」なのだと思い込んでいて,そのようなものに仕上げなければならないと考え,それに合うように草稿にいろいろな手入れを行なったのではないかと考えられる。

(2)マルクスの篇別構成とエンゲルス版の篇別構成との違い

(3)エンゲルス版の篇別構成にかかわる重要な問題点

1.

草稿の第5章第5節は、全体に「信用。架空資本」というタイトルがつけられている。エンゲルスは,このタイトルを,この第5節のうちの最初のごくわずかの部分につけられたタイトルだと勘違いをした。

エンゲルスは第5節を第25章から第35章までの11の章に分けた。そしてその冒頭の第25章に「信用。架空資本」というタイトルをつけてしまった。ここから誤りが拡大していく。

エンゲルスは,第25章をこのタイトルに見あうものにしようとして,草稿のあとの方から,架空取引にかんする抜華をここにもってきたり,自分が書いたことを明記した,架空取引にかかわる二つの書き込みを挿入したりしました。

2.

エンゲルスは,マルクスが本文用のテキストと材料集めの部分を,区別できなかった。

25章の初めのほぼ4分の1に続く本文は、エンゲルス版の第27章に使われた。26章は材料集めのノートから作った章であり、25章の後ろ3/4と26章は飛ばして読まないと、流れがわからない。

(4)キーとなるマルクスの文章へのエンゲルスの手入れ

1.

草稿の第5節「信用。架空資本」の冒頭で,マノレクスは「信用制度の分析」が『資本論』の範囲外だと言っている。

しかしエンゲルスは、「詳しい」という一語を付け加えることで,「信用制度の分析」もふくまれるように文意を変えてしまった。

2.

エンゲルス版で第27章の末尾近くのところで,マルクスは,「いまわれわれは,利子生み資本そのものの考察に移る」と書いている。

この部分をエンゲルスは,「以下の諸章でわれわれは,信用を利子生み資本そのものとの関連のなかで考察する」と書き換えた。

つまり,マルクスが考察の対象を「利子生み資本」としていたのに,エンゲルスはそれを「信用」に変えたのです。

これらの操作は,エンゲルスが,第25章以下は信用制度を対象としているのだ,と思い込んでいて,これに合うように手を加えたからです。

 

2.利子生み資本論の課題と方法

(1)利子生み資本論にいたるまでの理論的展開

この利子生み資本の考察(草稿の第5章)というのは,「資本論』全体のなかでどのような位置にあるのか,マルクスはこの章でなにをしようとしたのか,また,どのような方法によって叙述を進めようとしていたのかを概説する。

①第1部・第2部と第3部の関係

『資本論』の第1部は「資本の生産過程」,第2部は「資本の流通過程」です。第3部は,マルクスの草稿では「総過程の諸姿容」というタイトルがつけられています。

エンゲルスはマルクスのこのタイトルを「資本主義的生産の総過程」に変更しています。

②第3部の展開形式

まず第1篇では,資本と剰余価値が,元本としての資本とそれが生む利潤という姿をとることが明らかにされます。

第2篇では,資本が利潤率のより高い部門をめざして移動するために,どの部門の商品の市場価格も,平均的な利潤をもたらす価格が生じます。これが平均利潤率への均等化と生産価格の成立です。

第3篇では,資本の蓄積による生産力の発展は,同じ労働量が取り扱う物的生産量を増大させていくので,平均利潤率は低下していくと説明されます。

ここまでは,第1部の産業資本と利潤についてのおさらい的叙述です。

次の第4篇では,この産業資本から商業資本が分離し,自立化する過程です。これによって,剰余価値の一部が商業利潤という形態を取るようになることを明らかにします。

商業資本は自分では剰余価値を生産しませんが,産業資本がしなければならない売買の仕事を引き受けることで、産業資本から剰余価値を分けてもらいます。

ですから,資本の再生産過程のなかで機能し,増殖する資本だという点から見ると,産業資本と同じです。

そこでマルクスは,産業資本と商業資本を合わせて,機能資本,あるいは生産的資本,あるいはまた,再生産的資本と呼んでいます。

ここまでは,第2部の流通過程についてのおさらい的叙述です。

そこでいよいよ問題の第5篇,草稿の第5章ですが,ここでは,生産的資本から,利子生み資本が派生し,自立化することによって,剰余価値の一部分が利子の形態をとること,この利子生み資本と利子とが論じられます。

第6篇では,土地所有があるかぎり、剰余価値の一部分が地代という形態に転化することが解明されます。

そして最後に第7篇で,剰余価値は利潤,利子,および,地代という形態で,労賃とともに,独立した収入として現われること,それに対応して,資本,土地,労働がそれぞれの収入の源泉として現われる,ということが明らかにされます。

こうして,社会の表面に見えている経済活動の現象が,その深部にある本質,諸法則からすべて展開され,説明され終えました。

③第5章の流れ

こうして第三部の全体の流れを見たあと、第5章の分析に戻ります。

どの章でも分析の対象がつねに資本でした。この第5章も分析の対象は資本ですが,ここではそれが利子生み資本という形態の資本です。

発展した資本主義的生産様式のもとでは,この利子生み資本の典型的な形態は,さまざまの源泉から銀行に集まってきて,そこで運用を待っている資本です。

マルクスは,資本が循環のなかで取る形態としての「貨幣資本」とはっきり区別して,銀行制度のなかで運動している利子生み資本を捉えている。そしてその特殊性を表わすのに“Monied capital”という英語をわざわざ用いている。

エンゲルスは,マルクスが英語で書いている語句をすべてドイツ語に置き換えました。moniedcapitalも「貨幣資本」に置き換えました。そのためマルクスの用語法はすっかり見えなくなっています。

(2)利子生み資本論の課題と方法

第5章でのマルクスの叙述の過程は,彼自身が対象についての研究を深めていく過程でもありました。

①第5章の課題と展開の方法

②貨幣取扱資本と利子生み資本

信用制度・銀行制度のもとでの独自な資本は,利子生み資本であるだけでなく,貨幣を取り扱う業務を行なって手数料を受けとる貨幣取扱資本という資本でもあるのです。

これは流通の仕事に専門的に従事する利潤を手に入れる商業資本のうちの特殊な種類です。(第4章)

第5章では,信用制度・銀行制度のもとで運動している資本の具体的な姿から,貨幣取扱資本の側面を度外視することによって、純粋な形態での利子生み資本を取り出します。

こうして信用・銀行資本の具体的姿態から貨幣取扱資本と利子生み資本という二つの資本形態を純粋なかたちでつかむむことに成功しました。


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