以前グアテマラの勉強をしたことがあったが、グアテマラでは依然人口の4割を先住民が占めている。人々は棲み分けを行っていて、先住民の地域ではほとんどスペイン語が通じない。

しかし純粋な先住民生活を送る先住民と同じくらい、スペイン風の生活に馴染んだ民衆がいる。彼らはラディーノと呼ばれる。メスティソ(混血)とほぼ同じ範疇となるが、もう少し複雑な感情の入り混じった表現である。

純粋な先住民はラディーノを通じて交易を行い、必要なものを手に入れる。だから、直接先住民を騙すのはラディーノである。しかし影にはラディーノにノルマを課す白人支配層がいる。ゲリラ戦争のときには、白人に雇われたラディーノ兵士が住民大虐殺の下手人となった。

このスペイン人・ラディーノ・先住民という構図が東北・北海道の縄文人社会にも当てはまるのであろう。

こういう視点でながめると、アテルイで有名な奥羽のエミシの反逆は、スペイン人vsラディーノという構図で見るべきであろう。

ふつうラディーノは支配者とは戦わない。飼い犬が手を噛むようなもので、飼い犬が飼い犬でなくなってしまう。

世上、奥羽戦争は大和朝廷による東北侵略と見られている。だがそうだろうか?

エミシといっても。自分の墓を前方後円墳で立てるような人々だ。既得権のいくばくかを奪われたからといって、自分の存立基盤を崩すような戦いをするだろうか。

ひょっとして、奥羽戦争はエミシの首長の方から仕掛けた戦争ではないか?

バイリンガルであることを活かして北方交易を一手に独占していた彼らには、長年の間に相当の財力が備わってきていたはずである。

であればその財力に見合った相応の地位も欲しくなろうというものであろう。とくに「日本人として平等に扱え、二級国民として見下ろすな」という要求は絶対出てくるはずだ。

奥羽戦争が敗北に終わると、こんどはもっとおとなしく自治要求みたいな形の運動に変わってくる。それが奥州安倍氏のような形に結実していくという流れで捉えると、話がずっと見えやすくなってくる。

あるいは平将門の反乱や、関東源氏の勢力拡大も同じ流れで説明できるのかもしれない。

これはラテンアメリカの歴史ではクリオージョの反乱として知られている。スペイン人が支配者であることは変わりないのだが、その中でも現地で代を重ねたスペイン人はイベリア半島から交代でやってくる代官の支配に飽き飽きしていた。

そして本国で政変が起きたのをきっかけに、一斉に反乱に立ち上がっていく。この「独立運動」は成功を収め、新大陸の殆どが共和国として独立していくのである。

鎌倉幕府で頼朝を支えた御家人の坂東武者が、あるいはこのクリオージョ、あるいはラディーノに相当するのかもしれない。