2017年03月30日に「瀬川拓郎さんの縄文・アイヌ論について」という記事を書いた。あれは1回目のつもりで2,3と続くつもりだったが、多忙に紛れてそのままになっている。

これから読後感を少しづつ書き込んでいくことにする。

1.縄文語、弥生語、現日本語、現アイヌ語の関係

言語学というより、民族の構成の変遷から見て、言語はこう変わって行っただろうという予測が立てられる。

まず1万数千年前に北方から旧石器時代人が進入した。これが縄文人となり、北海道から沖縄まで広く分布する。

縄文人の単一構成であるから、言葉も方言という範囲での多様性はあっても、基本的には縄文語が日本全国の共通語であっただろう。

しかし縄文時代に日本に進入したのは北方からの縄文人ばかりではなかった。紀元前3千年ころに、朝鮮半島から進入した人々(第2縄文人)もいた可能性がある。

彼らはY染色体ハプロはC系の人々であり、ハプロD系である先住縄文人とは異なり、オホーツク人に近い。ただし彼らの人数は少なく(約1割)、言語的には縄文語に吸収されたと思われる。

紀元前800年ころから長江人の流入が始まる。彼らの最初の定着地は北九州を中心とする同心円状の地域であり、水田耕作の拡大に伴い、急速に人口を増し、言語学的影響も強めたと思われる。

そのハイブリッドが弥生語であり、これが現代日本語の原型となっていったのであろう。ただし今の私にとって、長江人がどのような言葉を喋っていたのかは不明である。また第2縄文人(ツングース語系)の影響についても不明である。

続いて、紀元前100年ころから、扶余系(天孫族)が進入を開始する。Yハプロで言えばO-2系人である。彼らは支配者として君臨したが数としては多くなかった。

おそらくは弥生語に多少の変化を加えて現代日本語を完成させたのであろう(現代と言っても万葉語であるが)。

いずれにしてもその後は民族構成の変化をもたらすほどの激変はなかったはずであるから、多少の音韻変化はあるにせよ、日本語としての言語構造は変わっていないはずである。


と、まぁ、ここまでは復習半分である。

縄文語から日本語への転換が東北北海道でどう展開されていったのか、どうしてアイヌ語がアイヌ語として残ったのかというのが、今回の主題だ。

これも、いきなり言語学的に行くよりは人種的に見ていくほうが良いだろう。

弥生人はそもそも縄文人と長江人の混血である。それは紀元前800年ころ、北九州から始まり徐々に全国に拡散していく。その過程の中で弥生語も形成されていく。

形成された弥生語の拡散は縄文人との混血化のスピードより早い。生産技術がより高いから縄文人もそれを学ぶ。

したがって一定の時間が経つと、3つのゾーンが形成されることになる。まずは弥生語を話す弥生人の世界である。ついでその外側に弥生語を話す、すなわち弥生化された縄文人の世界が形成される。そしてさらにその外縁に縄文文化を守る縄文人の世界が広がる。

さらに外側には、北方(オホーツク)文化との接触を持つ縄文人の世界も形成されていくのだが、それはいずれ語ることになるだろう。

瀬川さんはこの中間帯を混住地帯という。混住はしているが別言語の別文化だ。しかしこれはいずれ強いものに同化されていく。関東甲信越以北は基本的にはこのやり方で弥生化され、和人化されていく。

その際、言語の転化は最終的・決定的な役割を果たすだろう。

それでは民族の同化はどのような過程をたどるのであろうか。

多分、それについては専門的な研究があるであろうが、とりあえず自分なりに考えておきたい。

用具は最も早くから変わっていくだろう。

東北・北海道の弥生式土器はかなり遅れた。北海道では続縄文式と呼ばれる時代が長く続いた。それが弥生式を一気に飛び越して須恵器・土師器の時代に入る。これが擦文式に相当する。これと同時に多量の鉄器が流入し始める。この遅れと、その後のジャンプアップについてはいろいろ理由があろうが、それはとりあえずおいておく。

次に生活物資の生産様式が変わっていくだろう。

ここで東北と北海道には明らかな違いが生じる。東北は農耕社会に移行し、北海道は基本的には狩猟・採集社会に残されたのである。

生産システムの違いは社会システムの違いを生み出す。東北は階級社会に移行し、北海道は基本的には氏族社会にとどまったのである。

社会システムの変更が社会の隅々にまで行き渡れば、すでに同化したのも同じであるが、残された政治・経済体同士の対立は残る。その総決算として東北におけるエミシの抵抗戦争が起こったのであろう。

かくして東北の縄文人は完全な和人化を遂げ、北海道のアイヌは半和人化の状態に留まったのである。おそらく東北の縄文人はそのご弥生人との混血を遂げ、外見的にも和人そのものになっていく(そもそも和人そのものが長江人と縄文人のハイブリッドである)が、北海道の縄文人は遺伝子的には縄文人そのままに生きながらえることになったのであろう。またアイヌ語は縄文語の古形を色濃く残していることになるだろう。


以上の仮定からすれば、日本語の中にも縄文語の遺残が濃く残されているだろうし、特に古くからの名前が残りやすい地名などでは、縄文以来のものが残されている可能性は十分あるだろう。

それらをアイヌ語を手がかりにチェックしていく作業はなかなか面白いものになりそうだが、いずれなんかの機会に検討してみたい。