とここまではいいのだが、肝心の記事が見つからない。肝心というのは、ニヴフ以外にも物の本には色々な北方民族の呼び名が出てきて、それらがとりとめもなく垂れ流され散ることである。

一度これらの呼び名を整理したいと思うのだが、まとめて論じたものが見つからない。

仕方がないので、思いつくままに呼び名を羅列して、その名前でグーグル検索していくことから始めたい。

ウィルタ、ギリヤーク、オロッコ、ニヴフ、オロチョン


1.ウィルタ

Uilta_People

ウィキによれば、下記の通り

ウィルタ(Uilta): 樺太の中部以北に住むツングース系の少数民族でウィルタ語を話す。

「ウラァ(トナカイ)と一緒に生活する人」を意味する自称。

アイヌはウィルタを指してオロッコ(Orokko)と呼ぶ。ただしオホーツク人をまとめてオロッコと呼んでいた可能性もある。ウィルタ協会はこの呼称は蔑称だと非難している。

2002年(平成14年)のロシア国勢調査によると、346人がオホーツク海沿岸の樺太北部および南部のポロナイスク(旧敷香町)近郊に居住している。

もうひとつの日本文化(アイヌ文化)徒然ブログというブログによると

南樺太に居住して日本国籍をもっていた者は、敗戦後に北海道(主に網走市)へ移住した。ソ連が日本に協力した民族として追放したためである。1978年の時点では網走市に6世帯13人いた。

1975年に「オロッコの人権と文化を守る会」が設立、翌年12月にウィルタ協会が設立された(高教組が一生懸命応援していた。会の中心だった故北川ゲンダーヌさんの名前は私も憶えている)

genda-nu
 inevergiveupさんのブログから


2.オロチョン

先程のもうひとつの日本文化(アイヌ文化)徒然ブログに由来が書かれている。

一言で言えばオロチョンは「架空の民族」だ。

昭和25年に、網走市の観光行事として「オロチョンの火祭り」という催しが始められた。27年には伊藤久男が「オロチョンの火祭り」を歌ってヒットしている。奇妙キテレツな歌詞だが、ウィルタを念頭に置いているようだ。

ところがオロチョン族というのが、実際に存在するのだから話はややこしい。

本来オロチョン族は黒竜江、内蒙古地域に住む人口7000人ほどの少数民族。関東軍の特務機関が対ソ情報収集に当たらせた。特務機関は阿片を用いて工作したと言われる。

観光協会は「アジア地域の北方系民族を総称することばとして使われたことがあるため使用している」と語っているが、実際にオロチョン族とは無関係である。


3.ニヴフ

オホーツク人の後裔と目されている民族である。ニヴフが自称であるが、かつてロシア人によりギリヤークと呼ばれていた。ギリヤークは蒙古帝国以来の古称であるギリミ(吉里迷)の訛ったものとされる。

間宮林蔵はニヴフを「スメレンクル夷」と記している。これはアイヌ人の呼称で、「キツネびと」を意味する。

現在は間宮海峡を挟む両岸に居住する。人口は約5000人。うち半数強2700人ほどがサハリン島に居住する。

ニヴフ語は同系統の言語がない孤立した言語であり、アイヌ語ともツングース諸語とも全く異なる。

南樺太に住んでいたニヴフ人は、敗戦後にウィルタと同じく網走に移住した(させられた)。菅原幸助によれば、1966年時点で網走3世帯、函館2世帯、札幌3世帯で30人いたとされる。


4.ツングース系語族

ツングースも本来の意味を離れて嫌韓派御用達の用語となっている。

ツングースという呼称はヤクート人がエヴェンキ人を「トングース」と呼んでいたことに由来するという。

シベリア・極東にかけての北東アジア地域に住み、ツングース諸語に属する言語を母語とする諸民族を指すとされている。DNA的にはモンゴル系とほぼ相似である。

したがってウィルタはツングースに含まれるが、言語系統の異なるニヴフは含まれないということになる。

もともと、満州北部の民族が黒竜江沿いに北上し、各地に拡散したといわれる。しかしこれには多くの異説(珍説)があり、Y染色体ハプロ(C2系)との突き合わせが必要である。