私としてはどうしても光合成の問題を一度詰めておきたかったわけがある。
ビッグバンがあって銀河系ができて、太陽系の一員として地球ができて、その地球が火の玉から固まるかか固まらないかのうちに生命体が誕生している。約40億年前のことだ。
その後10億年もしないうちに、生命体は光合成という技を身に着け大発展を遂げてきたことになる。それは主要には酸素と炭酸ガスのバランスで条件付けられてきた。地表温の低下で液相水が増加し、還元鉄が酸化されることで大気中の酸素(特にラジカル)が減った。そのことで、逆に酸素を生み出す代謝形式(生命の存在の仕方)が成立しうるようになった。
どちらがだいじだと決めつけるわけではないが、世上炭酸ガスがあまりにも一方的に悪者扱いされているのに皮肉が言いたくなっているのである。
膨大な生命連鎖の基礎に植物があり、その光合成を支えているのが炭酸ガスである以上、我々はもっと炭酸ガスをだいじにしなくてはならないのではないか。
酸素がいまよりも多かった時代、地球はひどい低温に見舞われ、生命はほとんど絶滅の危機にまで達した。炭酸ガスによる温暖化の効果を、我々現代人は享受しているのだ。
いま地球は温暖化の波及効果としての水分布の変化を経験している。原生林の乱伐により緑は失われ砂漠がすごい勢いで広がっている。
だがそれで地表の酸素が減っているわけではない。なぜか、それは植物が猛烈な勢いで光合成を展開しているからではないか。もし砂漠が緑の大地になったら、海洋中の海草や藻類が大繁殖したら、酸素はさらに満ち溢れ炭酸ガスはさらに減少してしまうことも考えられる。
肝心なことは地表の炭酸ガスと酸素のバランスを至適レベルに保つことだ。地球史のレベルで考えると、鉄の酸化がほぼ完了してからは、大気中の酸素分圧の上昇が最も危険な兆候である。炭酸ガスももし化石燃料を使用していなければ、危険なほどに低下してしまう危険がある。
もちろんそこには気候変化という自然のカウンター・バランスが働くことだろう。それまでの間、人類は自然の摂理に頼りながら、もう少しのあいだわがままさせてもらっても良いのではないかと、密かに思っている。