なんの絵なのかは分からないが、面白そうなものを見つけた。

遺伝的特徴から見たオホーツク人 : 大陸と北海道の間の交流」という論文。著者は増田隆一さん。北海道大学総合博物館研究報告(2013-03)に掲載されたものである。

mDNA分布

 論文そのものは「5世紀から12世紀頃にオホーツク海南部の沿岸地域(サハリン南部,北海道北部から東部,千島列島)において主に狩猟・漁労を生業として繁栄した」というオホーツク文化に関するもの

である。

この図は著者らのオリジナルのようである(Sato et al. 2009a)。DNAの hypervariable region (HVR) のⅠの変異度(遺伝的分化係数 FST)を横軸に、Ⅱの変異度を縦軸にして各種族の位置をプロットしたものである。

ある意味でかなり恣意的なグラフであるが、きわめて明快な傾向が示されている。

すなわち北海道縄文人、エヴェンキ人(内モンゴル)、ニブヒ人、エスキモー(いまはイヌイット人と呼ぶ)、イテリメン(カムチャッカ先住民)の高度な孤立性である。

チュクチ人というのは、シベリアの東端ベーリング海峡の西側に住む人々だから、イヌイットの親戚みたいなものだろう。

これに比べるとアイヌ、日本人、朝鮮人、中国人は画面の中央近くに位置し混血していることを意味している。

つまりmDNAで見ると、北東アジアの人種はニブヒ、縄文人、エヴェンキ、イテリメン、チュクチの5種類の母系(古系?)集団を混合してできていると考えられる。

もちろんこれらの集団の形成時期には差があり、さらにその後に中東や南東から参入した男系集団もいるから、ことは単純ではない。

ただY染色体でやれば、このようにきれいな住み分けができることはないだろうと思う。

ところでアイヌ人だが母系をたどると最も近いのがネギダール人ということになる。オホーツク人も比較的近いが、縄文人とは隔絶している。これは何を意味するか。

Y染色体で見れば縄文人もアイヌ人もまごうことなきD型人である。ということはネギダール人社会にD型人男性集団が入り込むことによってアイヌ人が形成されたということになるのだろうか。

いつもながら、このあたりからわからなくなってくる。まことにmDNAは魔物である。


この論文はもう一つ、耳垢遺伝子というのを取り上げている。この研究も著者らのオリジナルである。

耳垢遺伝子はは核遺伝子の一種で、猫耳と乾いた耳が対立遺伝子(メンデル形式)になっているそうだ。

元々人間の耳は湿式だったのが、東アジアにおいて乾式が発生したとされる。優劣は不明だがヨーロッパやアフリカではほとんど湿型であるの対し,東アジアでの湿型の頻度は低い。

著者らの調査では乾式の比率は縄文人では48%、続縄文人(弥生時代の北海道人)では59%、オホーツク人は84%であった。これに対しアイヌ人は76%だった。なお現本土日本人では82%、沖縄では74%、韓国では100%となっている。

どうやって調べたのかは不明だが、そういうことで、アイヌ人は縄文人と北方人の混血と考えられるということだ。もっと突っ込んでいえば、生粋の縄文人は北海道からは姿を消したということになるかもしれない。