まず論文の出処を示す。

Web TOKAI というサイトに、「細胞社会のコミュニケーション」(全12回)という連載シリーズがあって、その中の7本目の論文ということになる。

題名が「ニューロンの祖先と神経分泌」で、著者は浦野明央さんという方。北海道大学名誉教授である。

題名からも分かるように、多細胞生物の情報システムを全体として扱い、そのための情報伝達ツールの一つとして神経系を位置づけている。これは神経系を総括的に扱う上で非常に大切な視点だろうと思う。

そしてこの論文で、浦野さんは神経系と内分泌系の同根性を明らかにしている。これは「シナプス」というものを理解する上でだいじな指摘だと思う。

シナプス間で生じるタイムラグが「記憶」の根源ではないか、というアイデアもあわせて考えていきたい。

パラニューロンあるいは神経分泌細胞

一般的なコミュニケーションの進化は生体制御系の出現を促す。

生体制御系は,環境変動を検出し,個体として調和の取れた反応をするための重要なシステムである。

その起源はパラニューロン(神経内分泌細胞)である。分泌機能を持つパラニューロン型の細胞は、最も原始的な海綿動物をふくめすべての多細胞動物に存在している。

パラニューロンは神経系と内分泌細胞の共通の祖先

純粋なニューロンがより高次な動物に出現するのと同様、純粋な内分泌組織も高等な左右相称動物にならないと見られない。

内分泌細胞から神経細胞が分化するのではなく、両者が共通の祖先=パラニューロンから進化するということになる。

多くの専門書ではパラニューロンはニューロンの祖先として認知されていない。そこには活動電位が存在していないからである。

しかし、刺激を感受して化学的な情報分子を放出する双方向性が神経の本質であとするならば、活動電位が介在するか否かは、その後の分化・発展過程の問題でしかないのではないか。

と浦野さんは主張する。おおいに同感するところである。

神経系、ニューロンの三段階

これを私なりに敷衍すると、

1.双方向性の獲得: 刺激を感受し、それを化学的情報として出力する段階。これを順序を逆にすれば、まさにシナプスの原理である。

2.活動電位の利用: 感受部と出力部を活動電位の流れとしてつなぐ。これにより伝導速度は大幅にアップするので、長い軸索を伸ばすことも可能になる。

3.ネットワークの形成: 軸索が伸びることで遠位の細胞との情報のやり取りが可能になり、ネットワークが作られるようになる。

ということで、まずはシナプスありき。シナプスと、シナプスによる細胞間のペアリングこそが神経の始原的本質なのである。

海綿動物のプロトニューロン

ケツボカイメンの中膠内には紡錘型の双極細胞および多極細胞が散在する。そこにはアセチルコリンエステラーゼ、モノアミンオキシダーゼ、モノアミン類の神経分泌物質が局在する。鍍銀法や電顕像でも、分泌細胞に特徴的なゴルジ装置と分泌顆粒が存在する。

これらの形態学的な所見は、それらがパラニューロンであることを示唆する。

と浦野さんは指摘するが、私にはなんとも言えない。図を見ていただくしかない。

paraneuron

ここからあとは第8回の一部です。

プロトニューロンに欠けているもの

前回、海綿においてニューロンのタネとも呼ぶべき「プロトニューロン」が存在していることを示した。

しかしそこには「真正ニューロン」と呼ぶべき決定的な条件が欠けていることも間違いない。

なぜなら、①刺激によって活動電位を生じることが確認できず,②シナプスの存在が確認できず、③それを介した情報伝達が確認できないからである。

ただし、もっとねちっこく電顕像を検討すれば、「シナプスもどき」の構造はあるはずだし、モノアミンのやり取りの現場も発見できるはずだと、わたしは思う。したがって②と③については「今のところ観察できていない」というにとどまるのではないか。

クラゲがニューロンの最初の持ち主

シナプスの存在とそれを介した活動電位の発生が確認されているのはクラゲ(刺胞動物)よりあとの動物である。

刺胞動物の神経系は,散在するニューロンが網状の構造を作っている。このことから網状神経系と呼ばれる。

このあとはかなり専門的な話になるので省略する。