「ピアノの詩人」といえばショパンの代名詞。世界中どこに行っても通用する。ところが誰がいつからショパンを「ピアノの詩人」と呼ぶようになったのかが判然としない。
それはいつかまた詮索するとして、「ロシアのショパンたち」を書いていて「なるほど」と思ったことがある。
ショパンは別格として、「ピアノの詩人」と言われておかしくない人はたくさんいる。どちらかと言えば小品にさえを見せる人たちだ。
意地悪く言えば、あまり大河小説のような大作は書けない人、小物作曲家というイメージもある。今では死語になったが「女性的」という言い方もできる。
ところで、ロシアの「世紀末」作曲家たちを聞いていると、そういうちょっとネガティブな枠組みと違う「ピアノの詩人」概念が存在するのではないかと思うようになった。
逆説的だが、ピアノで詩を作り歌う才能がない人というのが世の中にいるのではないかという考えである。
ラフマニノフの場合
最初に気がついたのはラフマニノフだ。
ラフマニノフについては以前、1901年の前奏曲(作品23)の途中でプッツンしたのではないかと書いたことがある。
ラフマニノフといえばチャイコフスキーも目をかけたモスクワ音楽院の俊秀で、大谷ではないがピアノと作曲の両方でトップをとった。前途洋々の人だったはずだが、途中で作曲の方はあきらめている。多くの解説では彼の持病であるメランコリーが関係しているのではないかと言われている。
私もそれを念頭に置いて「プッツン説」を唱えたのだが、あらためて聞いてみて、もっと問題は本質的ではないかと考えたのである。
彼の作品一覧を見て気づいたのだが、彼はそもそも最初からピアノ曲をあまり書いていない。作品番号がつかない初期作品を除くと、作品3の「幻想的小品集」が92年、2台のピアノのための「幻想的絵画」を挟んで、4年後の「楽興の時」が作品16、それから5年をおいて作品23の「前奏曲集」が出たのが1901年である。
この前奏曲集は前にも書いたとおり、途中からカスの集まりになっている。本来なら24曲書くのが筋なのに、10曲でやめてしまった。
それから9年もあとにもう一度、残り13曲を発表するのだが、私の耳からすればカスばかりだ。その後の曲もほぼ同断だ。
なぜか
それはラフマニノフがピアノの名人ではあっても作曲の名人であっても、「ピアノの詩人」ではないということではないか。
彼のピアノ独奏の名曲はほとんどが、“ゆびぢから”でピアノを目一杯鳴らすものばかりだ。「詩人というよりは「プロレスラー」だ。たしかに彼は名ピアニストで名作曲家であるかもしれないが、それは大谷風の二刀流であって、そこに渾然一体となった「詩人」がいるわけではない。
カトワールの場合
カトワールはなかなか良い室内楽を残している。ピアノトリオからカルテット、クインテット、弦楽四重奏曲と一通り取り揃えている。
さぞピアノ独奏でも良いものがあるのではないかと思ったが存外少ない。彼の曲を聞いていると、歌うのは弦楽器、ピアノはそれを支えるのが役割という分担があるように聞こえる。
だから「ピアノで歌いなさいといわれると、ちょっと困っちゃうんだなぁ」という感じがする。もちろん作曲をする時はすべてのパートをピアノで音作りしていくのだろうが、そのときピアノは「音出し装置」、作曲ツールとしか位置づけられていないのではないか。
どうも「ピアノで歌う」というのは、バイオリンとか他の楽器で歌うのとは次元の異なる感性を必要とするのではないかと思う。ピアノというのは本質的にリズム楽器みたいなところがあって、音はポクポクとぶつ切りでしか出てこない。「歌」が音の連続性・持続性を要求するものだとするなら、ピアノは歌とは本質的になじまないのである。
そういう本質的な限界を持った楽器で、それにもかかわらず歌を歌うとするなら、間隙を埋める装飾音符とかいろいろアヤを付けなければならない。
しかしアヤを付けすぎるといかにも野暮ったい演歌になってしまいかねない。その辺の兼ね合いがピアノ曲の制作や演奏には問われるのであろう。そのセンスが「詩人の魂」となるのであろう。