「中間層」論を最初に提起したのは、ジェームズ・ミルである。

以前書いた 2016年03月31日 から、『統治論』(An Essay on Government)の紹介の一節を再掲しておく。

 略奪者の抑制が統治の目的: 

欲望の対象の多くが、そして生存の手段でさえ、労働の生産物であるということが考察されるならば、労働を確保する手段がすべての基礎として具備されなければならない。…掠奪を防止しなければならない。その方法は、一定数の人びとが団結し相互に保護し合うことである。必要な権力を少数の人に委任することである。これが政府である。

中間階級の賛美: 

1.中間階級は「文明の被造物」である。それは「生存と品位を安定的に維持でき,しかも大きな富をもつことから生じる悪行と愚行とをしでかすおそれもない」のである。(衣食足りて礼節を知るといったところか)

2.彼らは「自らの時間を自由にすることができ,肉体労働の必要性から解放され,いかなる人の権威にも隷属せず,最も楽しい職業に従事している。

2.その結果「彼らは一つの階級として,人間的享受 の最大量を獲得している。

3.少年と婦人で構成され,町を混乱に陥れる暴徒の無秩序は何を意味するのか。人口のほとんどが富裕な製造業者と貧しい労働者とから構成され、中間階級が極端に少ないからだ。

4.民衆のうち下層部分の意見を形成し,彼等の精神を指導するのは中間階級である。不況下での群衆の無秩序な行動は,むしろその命題の正しさを証明するものだ。

以上の主張から、ミルが「中産階級」をスミスの含意する小ブル「階級」ではなく、中間「階層」として捉えていることが分かる。

「民衆の…精神を指導するのは中間階級である。不況下での群衆の無秩序な行動は,むしろ(逆説的に)その命題の正しさを証明」しているというくだりは、政治感覚として卓越していると思う。