中国新聞の社説はなかなか立派なものである。このまま消えてしまうのももったいないので要約を紹介しておく。

「憲法の解釈変更 砂川判決 論拠にならぬ」

憲法改正ではなく解釈見直しで乗り切ろうとするのは「一強政治」のおごりにしか映らない。

(砂川判決についての見解部分は省略)

我が国ではこれまで、内閣法制局の見解に沿って歴代政権が積み重ね、定着してきた憲法判断がある。憲法9条と自衛権に関して言えば、「集団的自衛権は自衛のための必要最小限度の実力行使の範囲を超える」というのが見解である。

だがいま、法制局を意に沿うものに変え、時の政権の判断で憲法解釈を変える前例が作られようとしている。

憲法とは何か、あらためて問い直さざるをえない。

「信頼はいつも専制の親である。自由な政府は、信頼ではなく猜疑に基づいて建設せられる」

独立宣言を起草した米大統領ジェファソンの演説だ。疑いの眼差しこそが権力を縛る。それを成文化したのが憲法であろう。

だがいま起きているのは、権力の手を縛る道具を権力がいじる矛盾だ。

今日は憲法記念日。憲法を守るのは国民よりもまず権力の側である、という立憲主義の基本を私たちは思い起こしたい。