いまはどうなっているのだろうか、むかしは月曜の朝というと校庭で全校朝礼か決まりだった。
「整列」と号令がかかる。背の低いものから高いものへ並んだところで、今度は「前へならえ」だ。
両手を前にあげて前の生徒の肩に触れるか触れないかのところまで間合いを詰める。
このとき必ず前の生徒を突っついたり、くすぐったりする奴がいるから、前の先生が睨みつける。
しつこくやる奴がいると、先生が飛んできてげんこつをお見舞いする。理不尽なことに両成敗だ。
整列が終わると「気をつけ」、「休め」で、それから校歌斉唱だ。
「東はるかに駿河湾、北には仰ぐ富士の嶺、長田の里に生い立ちて、この幸何かに例うべき」
さすがに戦後のあの時期、君が代はなかった。
それから「気をつけ! 校長先生ご挨拶」となる。
校長が高さ1メートルほどの式台にのぼり、挨拶が始まる。
これが長い。時節の挨拶から始まり、今日がなんの日なのかを説いていく。最後は教訓話になりなんかカンカのご託宣をたれて終わる。この間10分位だろうか。
困るのは「冗談」を入れることで、その「冗談」がいかに面白いかを諄々と説くから、その間にこちらは固まってくる。「頼むから今日は冗談をいれないでくれ」と願うが、そういう時こそ「冗談」のワンツーパンチ。
大体、月曜の朝が元気なわけはない。日曜は目一杯遊んでいるのだから、半分死んだ気分だ。暑い日などはクラクラしてくる。まさに「ムカつく」気分だ。
いま考えると、それは教師にとっても同じだったに違いない。ただなんとなく、月曜の朝はかくあるべきものかと思っていたに過ぎなかったのではないか。そしてそれは校長先生も同じではなかったろうか。
それはまさに「時代の呪縛」であったに違いない。
そしてその「時代の呪縛」に誰よりも忠実であったからこそ、彼は校長になれたのであり、自ら「呪縛」者の先頭に立ったのであろう。
こうしてルーチンに忠実な人間が次々にトップをつなげていくにしたがい、ルーチンはますます陳腐化しこと無かれ化し冗長化していくことになる。
あぁこのいとうべきルーチン主義者共よ。一刻も早く引退せよ。さすれば、君らが何ほどの人間でもないことは直ちに分かる。
安心せよ、君らの後継者はゴテマンといる。絶望的なほどに地にあふれている。