海馬の発生学を学ぼうと思ったら、結局「大脳辺縁系」を勉強しなければならないようだ。私は「大脳辺縁系」というのは間違いで、本質的(発生学的)には「前脳辺縁系」と呼ぶべきだと思う。もっと言えば、第一次辺縁系であり、第二次辺縁系として大脳があるのだと考えている。

前脳は中脳、後脳と同様にまずもって感覚情報の集中点だ。中脳が視覚のセンターであるのと同様に、前脳は嗅覚とおそらくは感覚ヒゲのセンターだったのではないかと思う。

下記のページに詳しい叙述があるので、抜書きしていく。神戸大学医学部第一解剖学の授業用ノートのようだ。

http://www.med.kobe-u.ac.jp/anato1/education/files_assets/sugi_limbic_2010.pdf



1.辺縁葉と辺縁系

A) Broca(1878)が「辺縁葉」(Limbic lobe)を定義。
広義の脳幹を包み込むように、それを縁どり (limbus) ながらリング状(C字型)に取り巻いている灰白質領域
論文中でブローカは辺縁葉と嗅脳との密接な関係性を強調している。
その後の研究で、辺縁葉は表面側の帯状回や海馬傍回,深部側の海馬や歯状回などに分類されている。
cf: ヒポカンプス(海馬)の弟はペガサス(天馬)、ヒポカンプスの父はポセイドン、母は、かの有名なメデューサである

B) 辺縁系がMaclean(1952)により提起された概念であることは既出のとおり。
最近は次のように主張されている。
マクリーン(1970): 脳は原始爬虫類脳・旧哺乳類脳・新哺乳類脳の3つに分けられる。旧哺乳類脳が辺縁系に相当する。(どうしてこんな「ご託宣」が「学問」として幅を利かせるのか不思議だ)
Douglas ら(1975): 高次脳には新皮質と辺縁系という2つの進化の傾向がある。サルでは新皮質の方が、ウサギでは辺縁系の方が発達する。ヒトは両者がともに進化傾向にあるという特異な経過を示す。(聞いていて恥ずかしくなるほどのダボラ話だ)
小池上(1981): 辺縁系(内臓脳・情動脳)は、視床下部を制御し、本能と関連が深く、また情動行動や記憶にも関連する。脳の基本的構造上、新皮質‐脳脊髄系と対立せしめて考えるべき重要なものである。

つい書きたくなった。主婦は掃除、洗濯、買い物、食事の支度、育児、果ては旦那の相手まで務める。それらが非常に重要だということはわかる。
それで主婦ってなんですか。それで、辺縁系ってなんですか?

C) このノートの作者も、辺縁系理論をそれなりに批判的に見ているようだ。
①辺縁系を“機能的に結びついたひとつのシステムとしてまとめ”ようといるが、辺縁系に属する構造物を解剖学の立場から正確に記載することは困難である。神経解剖学的裏付けのない恣意的なグルーピングだ。
②ブローカが辺縁葉と嗅脳との密接な関係性を強調しているが、マクリーンの機能的概念では嗅覚は排除されている。
③そもそも「辺縁系機能」についての統一した見解がいまだにない。個々勝手な<暗黙の推量> (Brodal, 1981)に過ぎない。

2.辺縁系を構成する構造物

にも関わらず、作者は「辺縁系」の各論に入っていく。ここではJenkins(1978) の提唱した分類が引用されている。
辺縁系は辺縁葉と、これと密接な線維連絡を有する皮質下の構造物(扁桃体・視床下部・視床上部の手綱核・中隔野・視床前核など)
つまり、辺縁葉は大脳の辺縁系であり、間脳はさらにその辺縁葉の辺縁系だという、発生学的にはまったく逆転した思考である。マクリーンにあっては人が神を作るのではなく、神が大脳に宿り、人を作るのである。
しかもマクリーン主義者は辺縁系概念を野放図に拡張していく。
比較解剖学や発生学また神経連絡の緊密性などを理由として、上記以外の構造物も
多く含まれる(下位の中脳や脳幹、逆に新皮質とくに前頭葉)
まさにブローダルの言う如く、個々勝手な<暗黙の推量>である。

3.古い脳と新しい脳

辺縁系に属する構造物は、発生学的に古い脳(脳皮質)である。
それらは古い順に4つにわけられる。
(1) 原始皮質 Archicortex: 海馬体(海馬・歯状回・海馬台)
(2) 旧(古)皮質 Paleocortex: 狭義の嗅脳、鈎、海馬傍回、扁桃体など
(3) 中間皮質 mesocortex : 帯状回(帯状皮質)
(4) 新皮質 neocortex: 皮質特有の6層構造を示すもの
ということで、辺縁系というのは発生学的に見てもめちゃくちゃな概念であることがよく分かる。
このあと、ノートは海馬の話に移っていくので、稿を改めることにする。