「“海馬”を究める」より「海馬の基礎知識」
池谷裕二さんという方が教室員とともに英語の教科書を翻訳したもののようです。ありがたい話です。1953年 HMという男性のてんかん患者が、両半球の海馬体とその周辺の脳部位を切除する手術を受けた。術後、HMは新しい情報を長いあいだ保持しておくことができなくなった。それ以外の点においては、彼の精神状態はおおむね正常であった。(Scoville et al 1957)
1986年 患者RBは冠動脈バイパス手術の最中、脳虚血に陥った。RBは顕著な順向性の記憶障害を生じたが、手術前の記憶に関しては、ほとんど、あるいはまったく記憶障害が見られなかった。RBの死後、脳を解剖したところ、記憶障害に関係していそうな病理的な変異は、海馬CA1野の錐体細胞の完全な脱落のみであった。
海馬に限局された脳障害のみで、臨床上ひどい健忘症を引き起こすのに十分であることは明らかである。
海馬体の破壊でヒトと類似した記憶障害が生じることが知られている。多くの実験結果から明らかになったことは、海馬が“イベントの順番”を記憶するのに重要な部位であることである。
外の世界を認識する地図が海馬の中に形成されているものと推測されている。この地図は動的で、様々に活性化されるユニットの組み合わせとして働く。こうした海馬の内部表象が、徐波睡眠中に海馬で内部再生され、大脳皮質にあるより詳細な経験情報が相互作用することによって、長期的な記憶が形成される。
8-2 海馬と疾患てんかん
海馬は脳の中でもっともてんかん発作の閾値が低い。てんかん動物モデルでは、発作に関連する電気活動の多くが海馬から記録される。
海馬がてんかん様活動を起こしやすいのは、錐体細胞同士が興奮性の再帰回路を形成しているからである。アルツハイマー病
海馬は記憶・学習に重要であるから、アルツハイマー病で海馬が障害されたとしてもおかしくない。アルツハイマー性の病理が最初に現れるのが嗅内皮質である。海馬以外の脳部位も影響を受けるだろうが、能力が劇的に奪われてしまうのは、なによりも海馬であろう。
低酸素障害
虚血や無酸素症によって細胞脱落がおきる。NMDA受容体を介した興奮毒性によるものと考えられている。このように海馬はかなり不安定な脳部位であるが、これは海馬が新しい情報を素早くコード化するために海馬が払った代償であろう。
統合失調症
統合失調症患者では海馬の大きさが有意に小さく、形態学的にも異常が観察される。しかし、それらの異常がどうして幻覚や精神異常を引き起こすのかはまだ謎である。
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