1844年 パティキュラー・バプテスト派、奴隷問題をめぐり決裂。奴隷制を支持する南部バプテスト信者が分離する。残された北部のグループが「米国バプテスト宣教連合」を組織。(バプテストにはジェネラル派とパティキュラー派があるらしいが良く分からない)

1873(明治6年) 「北部バプテスト」、横浜で布教活動を開始。

1889(明治22年) 「南部バプテスト連盟」(Southern Baptist Convention)が宣教師を派遣。九州を中心とした伝道が始まる。(九州を地盤としたのは北部バプテストとの縄張り協定による)

1895 黒人のバプティスト組織が「全国バプテスト連盟」を結成。

1903年 日本バプティスト西部組合が北九州の若松市で結成されました。

1907年 米国のバプテストの諸教団が合同し「北部バプテスト大会」を開催。「北部バプテスト同盟→米国バプテスト同盟」の母体となる。

1916 宣教師C. K. ドージャーが、福岡に「西南学院」を設立。

1940 西部組合が日本バプテスト東部組合と合同。日本バプテスト基督教団を結成する。

1941 日本バプテスト基督教団は日本基督教団に合同。

1947年4月、E.B.ドージャー宣教師の呼びかけにより、福岡・西南学院教会で「日本バプテスト連盟」結成総会。旧西部組合系の16教会が日本基督教団から離脱して参加。

1958 旧東部組合系教会の一部が、日本基督教団を離れて「日本バプテスト同盟」を結成。教団残留組は教団内の一グループとして「教団新生会」を結成。ともに「北部バプテスト同盟」(現アメリカ・バプテスト同盟)をバックとする。

1962 反ヤスクニ宣言を発表。

1963年 「新生運動」が展開される。福岡を拠点に全国への開拓伝道に取り組む。SBCの牧師・信徒が来日し、伝道協力。

1970年、世界バプテスト大会が東京で開催される。

1970 神学校や各教会において、教会の存在意義・宣教を問う教会闘争が起こりました。靖国神社問題、日韓・在日連帯問題、公害問題、部落問題などに取り組む。

1976年には米国・SBCからの支援を打ち切り、経常費自給化を達成。

1979年に「信仰宣言」を採択。その後“Cooperative Baptist Fellowship”(CBF)との連携を強める。

1992 「日本バプテスト同盟」が「戦争責任に関する悔い改め」を総会で採択し発表。

1988年に「戦争責任に関する信仰宣言」(戦争責任告白)を採択

1995 阪神淡路大震災で、兵庫県内の諸教会が甚大な被害

2002年総会では「平和に関する信仰的宣言」(平和宣言)を採択

2004 南部バプテスト連盟、世界バプテスト連盟からの脱退を正式に決定。

2006 南部バプテスト連盟からの脱退者がCBFを中核に新バプテスト連盟を結成。カーター元大統領らも加わる。

2013年1月現在、全国283の教会、43の伝道所が加盟(九州が75教会)

2016年7月 日本パプテスト連盟理事会声明「なおも希望を持ち続けるために」を発表。参議院選の結果を踏まえ、立憲主義の堅持を訴える。


こうやって、バプティストの歴史を見ていくと、西南学院の宣言はごく自然なものと考えられる。内部事情的に言えば、南部バプティスト連盟との絶縁がかなり効いているように思える。