レファレンス協同データベースというサイトがあって、小麦の中国からの伝来について説明されている。

かなり詳しく説明されているので、抜粋して紹介する。

1.小麦の起源

コムギはイネ科のコムギ属。コーカサス地方からイラクにかけてが原産地とされる。野生種は中央アジアから中近東にかけて分布している。

1万5千年前ころ、古代オリエントで、狩猟生活をする先住民たちは草原に繁茂する雑草のなかから、野生種のオオムギ、コムギ(一粒系)をみつけて採取するようになった。

当初は大麦の栽培が先行したが、小麦粉にしてから調理するようになると小麦が重要になる。(石臼で小麦を挽き、それに水を加え捏ね生地にして焼く)

紀元前7000年ごろになると南西アジアの肥沃な三日月地帯でコムギの栽培が始まった。この頃クサビコムギと交雑し2粒コムギになる。

さらに紀元前5000年ごろトランスコーカサス地域で二粒系コムギとタルホコムギの交雑によりパンコムギ(普通コムギ)が誕生した。

2.小麦の伝播

紀元前5000年から4000年に、ドナウ河とライン河流域に到達し、紀元前3000年ごろにはヨーロッパ全域、アフリカ北岸に広がる。

紀元前3000年には中国でコムギの栽培が始まったとされる。それは最初からパン小麦として完成された小麦だった。

3.中国への伝播

紀元前2000年には、石臼が考案され白いコムギ粉の採取か可能となる。ただし石臼の発明は中国ではなく西方から伝来したとされる

4.日本への伝播

日本へのコムギの伝来は、オオムギより1世紀ほど後の4~5世紀ごろとされる。ただし紀元ころにはおおくのちいきでしょくされていた。

鎌倉時代にはいって二毛作がはじまると、稲の裏作作物として急速に普及するが製粉技術は未開拓のままであった。

 

ということで、小麦の栽培は明らかにコメの栽培に遅れている。コメのほうが1~2千年先行している。中国での栽培はずっと近年になってからだ。

中国で小麦栽培を始めたのはO2人だ。それもすでに殷・周の時代に入っている。つまりO2人は小麦も知らない時代に長江文明を駆逐していることになる。

もう一つ、稲作文化と小麦文化とは背反するはずだ。両者が重なって伝播することはありえない。

O人が南から来たのだとすればO2人はコメは知っていても小麦は知らなかったはずだ。それは北方ルートを経由して拡散したに違いないからだ。とすればO2人は北部a/o西部のC2人を通じて小麦づくりを学んだはずだ。