C1a1先着説を提唱する

1.C1a1スルスル説には無理がありすぎる

C1a1が単独で中央アジアを飛び出して、途中下車することなくそのまま日本にいたり、定着してしまった。

「そんなことはありえない」と多くの論者がそう思っていることは間違いない。しかしそう考えないと理論は成り立たない。その途中にはぺんぺん草も生えていないのだ。

では理論の前提条件、ハプロC後発というところが問題なのではないか。

2.「Y染色体系統樹」に騙されるな

Y染色体セオリーは、まずアフリカにアダムがいて、6万年前に出アフリカしてペルシャ湾のエデンに行き、そこからDEが分家してCFはユーラシア・アダムとして残留し、しばしの後にCが動き始めた、という絵を描く。

この絵を一旦忘れなくてはいけない。

このアダムたちは今を生きる人間に遺伝子上つながるというだけの存在であり、おそらく実際の出アフリカは、それより数万年を遡って行われていたに違いないからである。

誰しも、自分が王様だとか神様だとは思っていなかったに違いないし、DEグループだけではなく、とにかくみんな前進することを急かされていたと考えるべきだろう。

2.東アジアへのデュアルパスウェイ

最初から道は2本あったのだ。そうは考えられないだろうか。

そもそも出アフリカの時からDEとCFは別行動だった。それがたまたま似たようなルートをとって似たような場所に出たというだけの話だ。

DEがそのまま放浪を続け、CFがエデンに残ったというのは相対的な話で、数年後か数十年後か数百年後にCFが動き出すのは当然だろうと思う。

人類史の長いスパンの中で考えればほぼ同時期に、DEグループもCFグループも東西南北へ向けて旅を始めたに違いない。

似たような、しかし独自の道を辿って彼らはほぼ同時に東アジアに達した。

当然目の前の世界はすべて無人の野であり、D人とC人(C1)の間に縄張り競争は起きようはなかった。

ただ進行方向を考えればR人はマンモスハンターとして北部に行動範囲を広げた。C1人は南に進んでインドシナ方向に向かうか、朝鮮半島・日本列島に進出するかした。

ただしC1b人はインド経由に東南アジアに達したとされており、それを覆すだけの根拠はなにもない。ただの思いつきである。

3.日本に先着したのはC1a人

D人はシベリアでマンモスや虎を追っていたのではないか。ただこの種の資源は穫りつくせば終わりだし、向こうも学習するから、どんどん進んでいくしかない。

いっぽうで朝鮮半島から日本に渡ったC1a人は西日本を中心に広くまばらに分布した。

4.そこにC2人がやってきた

C2人はハプロCの本隊だった。東アジアへの道はC1人により掃き清められていた。しかしそこにすでに獲物はなかった。C1人により採り尽くされていた。

C2人は怒った。そしてD人とC2人を追い詰めた。D人とC1人は日本に逃げ込んだ。D人は間宮海峡からC1人は朝鮮海峡をわたって西日本に分布した。

人口的にはD人が圧倒的に多かったから、日本はD人の国になったが、C1人もこれと共存した。

こんなストーリーではないか。O人の話はいずれまた勉強してから。