Y 染色体ハプログループから見た縄文人

1.Y 染色体ハプログループとは何か

Y 染色体のDNA配列を調べることにより、数万年にわたる父系のルーツを辿ることができる。

DNA配列を、特徴的な配列によりいくつかのグループに分類することができ、これらをハプログループと呼ぶ。

アジア人のハプログループはO、C、E、Dなどに分けられる。このうち主流をなすのはO系とC系である。更に詳しく解析すると、これらがいつごろ、いかに分岐したかが推定できる。

2.YAPハプロタイプと古モンゴロイド

YAP型(YAPハプロタイプ)はもっとも古く分岐したとされ、分岐の時期は7万年以上前とされる。逆に言うと現世人類の出アフリカから2,3万年後のことである。

このことより、YAP型人は7万年前に初めてアジアに進出した現世人類と考えられる。彼らは現在「古モンゴロイド」と呼ばれている。

3.O系、C系人は遅れてアジアにきた

そしてそれから数万年を経て現代アジア人主流をなすO系、C系人がアジアに進出したものと考えられる。

O系、C系はウラル系のN系統やコーカソイド系のR系統などと近縁であり、その分岐は4万年前とされる。

4.D系ハプログループ

YAPハプロタイプは6.5万年前にE型とD型に分岐した。以後はD系について検討する。

D系の亜型の一つD1bが縄文人のY染色体の主流をなすと考えられる。

D1bはアイヌ人の88%に見られる。アイヌ人・沖縄人・本土日本人の3集団に多く出現する。朝鮮半島や中国人(漢民族)には全く見られない。

チベット人も50%の頻度でこのD系統ハプログループ(D1a)が存在するという報告がある。D1aとD1bの分岐は4万年前とされる。すなわち古モンゴロイド人は4万年前にチベットと日本に分断されたと考えられる。

これはC系のアジア進出とほぼ期を同じくしている。

5.日本に縄文人の来た時

「D1b人」が日本列島に到達したのは3.5-3.7万年前とされる。これはD1bとD1aが別れた直後であり、東アジアに広範に居住したD系人が日本列島に押し込められたことを示唆する。

その根拠となっているのがSNPという突然変異現象である。遺伝子上のマイナーな突然変異は、確率的に100年に一度程度の割合で発生するとされている。したがって「D1b人」のY遺伝子上の変異の数を調べ、それに100をかければ、「D1b人」がどのくらい日本列島にいたかが推測できる。