ということで、いよいよ啄木の「時代閉塞の現状」に入ることにする。
(ということというのは前の記事 のことです)

すでに我々には日本型自然主義の輪郭がおぼろげながら出来上がっている。

一方には急成長しつつある強欲な日本主義の姿と、そのあからさまな擁護者としての高山樗牛がいる。一方で戦闘的民主主義(平民主義)者の田岡嶺雲がいる。さらにその先に微かに行方を照らす幸徳秋水ら社会主義者のグループがある。

その中で間隙を縫うように登場するのが意気地のない個人主義としての「自然主義」 だ。

あらためて読みなおしてみると、魚住折蘆「自己主張の思想としての自然主義」は、その“とりとめなさ”をかなり正確にすくい取っているようだ。論旨が不透明なのは、元々の日本型自然主義が逃げ腰で自家撞着しているからである。

それにもかかわらず、魚住氏が「とにかくまぁ、頑張んなさいよ」というかたちで文章を締めくくっているのは、大逆事件というでっち上げが明治43年という時点で同時進行しているからであり、どのような形でも抵抗を続けるしかないという重苦しい雰囲気があたりを支配していたからかも知れない。

それらの事情がわかってくると、これまで通り一遍で読み過ごしてきたこの評論の重みがズシンと伝わってくる。これは心して読むべき文章である。

 


時代閉塞の現状

(強権、純粋自然主義の最後および明日の考察)

石川啄木

青空文庫より

 

第一節

1.魚住論文について

今日における我々日本の青年の思索的生活の半面――閑却されている半面を比較的明瞭に指摘した点において、注意に値するものであった。

まずは一応評価する。なぜなら「半面」を指摘したものであり、論旨が「比較的に明瞭」だからだ。したがって、称賛に値する論文ではないが「注意に値する」ものである。

2.自然主義の論理的破産とその意味

けだし我々がいちがいに自然主義という名の下に呼んできたところの思潮には、最初からしていくたの矛盾が雑然として混在している。

それにもかかわらず、今日までまだ何らの厳密なる検かくがそれに対して加えられずにいる。

この「主義」はすでに五年の間間断なき論争を続けられてきたにかかわらず、今日なおその最も一般的なる定義をさえ与えられずにいる。

事実においてすでに純粋自然主義はその理論上の最後を告げている。にもかかわらず、熱心を失ったままいつまでも虚しい議論が継続されている。

次が啄木の論点だ。

これらの混乱の渦中にあって、今や我々の多くはその心内において自己分裂のいたましき悲劇に際会し、思想の中心を失っている。

つまり啄木はこの混迷を社会の混迷、青年の混迷としてとらえようとしているのだ。

3.魚住氏における自己主張と自己否定の奇妙な結合

自然主義においては、自己主張的傾向がそれと矛盾する科学的、運命論的、自己否定的傾向(純粋自然主義)と結合していた。

そこでは自己主張は自然主義の一つの属性のごとく取扱われてきた。

しかし純粋自然主義が実人生を観照的立場で見ると決めてからは、この問題は解決した。自然主義は自己主張的傾向を放棄したのである。

これで問題は解決したのに、魚住氏はまたぞろ「自己主張の思想としての自然主義」を持ちだす。

しかもその根拠として、「両者共通の怨敵たるオオソリテイ――国家というものに対抗するため」の共棲だという。これはまったくの捏造だ。

(残念ながら)日本の青年はいまだかつて権力と確執をも醸したことがない。したがって国家が敵となるべき機会もなかった。

第二節

1.青年を取り巻く社会問題

徴兵、教育、税金などさまざまな問題があり、権力との関係を問わざるをえない環境がある。

にもかかわらず実際においては、幸か不幸か我々の理解はまだそこまで進んでいない。

2.「富国強兵」の論理と青年による歪曲

父兄の論理は「富国強兵」である。その論理は我々の父兄の手にある間はその国家を保護し、発達さする最重要の武器だ。

しかし青年はそれを歪めて解釈する。

「国家は強大でなければならぬという。それを阻害する理由はないが、お手伝いするのはごめんだ!」

「国家が強大になっていくのはけっこうだが、我々も一生懸命儲けなければならぬ。正義だの人道だの国のためだの考える暇はない」

哲学的虚無主義のごときも同類である。それは強権への不服従のようであるけれども、そうではない。むしろ当然敵とすべき者に服従した結果なのである。

彼らはさまざまな人間の活動を白眼視するごとく、強権の存在に対してもまたまったく没交渉なのである。

敵が敵たる性質をもっていないということでない。我々がそれを敵にしていないということである。事態はそれだけ絶望的なのだ。

3.自然主義者は「不徹底」か

魚住氏は、自然主義者の一部が国家主義との間に妥協を試みたのを見て、「不徹底」だと咎めた。

私は論者の心持だけは充分了解することができる。しかし、たとい論者のいわゆる自己主張の思想からいっては不徹底であるにしても、自然主義としての不徹底ではかならずしもない。

そもそも不徹底だから自然主義なのであり。不徹底であることは自然主義を徹底して実行していることだ。

魚住氏はいっさいの近代的傾向を自然主義という名によって呼ぼうとする。それは笑うべき「ローマ帝国」的妄想だ。それは今日自然主義という名を口にするほとんどすべての人の無定見なのである。

第三節

この節は目一杯自然主義の悪口を並べ立てているが、あまり興味ない部分のため省略。

ただし次の一句は秀抜。

近き過去において自然主義者から攻撃を享けた享楽主義と観照論(当時の自然主義)との間に、一方がやや贅沢で他方がややつつましやかだという以外に、どれだけの間隔があるだろうか。

新浪漫主義を唱える人と主観の苦悶を説く自然主義者との心境にどれだけの扞格があるだろうか。

淫売屋から出てくる自然主義者の顔と女郎屋から出てくる芸術至上主義者の顔とその表れている醜悪の表情に何らかの高下があるだろうか。

第四節

1.時代閉塞と青年

我々には自己主張の強烈な欲求が残っている。理想を失い、方向を失い、出口を失った状態において、自身の力を独りで持て余している。

今日の我々青年がもっている内訌的、自滅的傾向は、じつに「時代閉塞」の結果なのである。

青年を囲繞する空気は、今やもうすこしも流動しなくなった。強権の勢力は普く国内に行わたっている。現代社会組織はその隅々まで発達している。

2.「敵」の存在を意識せよ

かくて今や我々青年は、この自滅の状態から脱出するために、ついにその「敵」の存在を意識しなければならぬ時期に到達している。

我々はいっせいに起って、まずこの時代閉塞現状に宣戦しなければならぬ。自然主義を捨て、盲目的反抗を罷めるべきだ。

そして全精神を明日、すなわち我々自身の時代に対する組織的考察に傾注しなければならない。

このくだりはかなり唐突であり、抽象的で言葉が空回りしている。これも大逆事件直後という時代背景から汲み取らなければならないのかもしれない。

問題は「明日の考察」ということだが、骨組みだけなので、見通しは良い。

①このままでは青年は自滅だ、このような状況から脱出しなければならない

②脱出するためには(自己実現をさまたげる)「敵」の存在に気づき、その姿を認識すべきだ、

③「敵」との闘いを宣言するということは、自然主義を捨て、盲目的反抗を罷め、闘いの真の構えを形成することだ、

④明日を我々の時代にするため、計画を立て、闘いの組織に着手すべきだ、

という段取りになるのだろう。おそらく理論作業としては③の自然主義の残渣克服を念頭に置いているのだろうと思う。

第五節

1.自己主張の系譜

「明日の考察」のためには過去における自己主張の系譜をたどるのが良いだろう。

青年が過去においていかにその「自己」を主張し、いかにそれを失敗してきたかを考えれば、今後の方向が予測されるのではないか。

以下の啄木による歴史のスケッチは私にはちんぷんかんぷんである。

2.日清戦争の意義

明治新社会の成立: 明治の青年は新社会の完成のために有用な人物となるべく教育されてきた。同時に青年自体の権利を認識し、自発的に自己を主張し始めた。

日清戦争: 大国清への勝利という結果によって国民全体がその国民的自覚の勃興を示した。

3.高山樗牛の個人主義とその破滅

明治の青年の最初の自己主張は高山樗牛の「個人主義」であった。しかし樗牛の個人主義は既成強権に対して第二者(対抗者)たる意識を持ちえなかった。

彼の「個人主義」は、「既成」と青年との間の関係に対する理解がはるかに局限的だった。ニイチェや日蓮はその局限性を糊塗するものでしかなかった。

樗牛の失敗は、いっさいの「既成」をそのままにしておいて、その中に我々の天地を建設するのは不可能だという教訓を示している。

青年の心は、彼の永眠を待つまでもなく、早くすでに彼を離れ始めた。

4.宗教的欲求の時代

ついで第二の時代、宗教的欲求の時代に移った。

宗教的欲求の時代は前者の反動として現れたとされる。しかしそうではない。自力によって既成の中に自己を主張せんとしたのが、他力によって既成のほかに同じことをなさんとしたまでである。

だから第二の経験もみごとに失敗した。

5.純粋自然主義の最大の教訓

かくして時代は第三の時代に移る。それが純粋自然主義との結合時代である。

宗教的欲求の時代には敵であった科学はかえって我々の味方となった。

自然主義運動の前半、彼らによる「真実」の発見と承認は、「批評」として刺戟をもっていた。

純粋自然主義の与えた最大の教訓は、「いっさいの美しき理想は皆虚偽である!」ということだ。我々の理想はもはや「善」や「美」に対する空想であるわけはない。

6.「必要」という真実が残された

いっさいの空想を峻拒して、そこに残るただ一つの真実――「必要」! これじつに我々が未来に向って求むべきいっさいである。

我々は今最も厳密に、大胆に、自由に「今日」を研究して、そこに我々自身にとっての「明日」の必要を発見しなければならぬ。必要は最も確実なる理想である。

ここで啄木が言う「必要」とは、今風に言えば「欲求」ということではないか。日用目的の品々でもなく、自然主義者の本能的欲求でもなく、明日に繋がる青年の欲求(Demand)ということを指すのだろうと思われる。


正直言えば、啄木の時代認識は「世代論」に傾き、やや皮相の感を免れ得ない。

しかし第5節の個人主義の系譜を回顧する場面は、当事者意識満載で面白い。大抵の近代文学史には載ってこない切り口である。

また閉塞の時代突破のカギを、ある意味で自然主義者(初期)を受け継ぐ形で自然科学的「真実」を問い、それに「必要」と応えるところもさっそうとしている。