アルゼンチン マクリ政権のやったこと

これまでのかんたんな経過

2002年、アルゼンチンは奈落の底に沈んだ。国家として破産してしまったのだ。人々は食べるものさえなくなり、ネズミまで食べたという。

この時登場したのがキルチネルだ。彼は国際債務の支払を拒否し、最終的には7割の債務軽減に成功した。

それ以来、アルゼンチンは国債を発行せず、自らの努力とメルコスール諸国(とくにブラジル)との関係強化の中で経済を再建してきた。

おりからの資源・農産物価格の上昇の中でアルゼンチンは息を吹き返し、好調な経済を維持してきた。

キルチネルが2期大統領を務めた後、妻のフェルナンデスが引き続き大統領を務めた。キルチネル時代は13年にわたり続いた。

アルゼンチンはこの時の経過から強烈な反米意識を持ち続けてきたが、そのことはアメリカの金融支配層には不愉快なことだった。

ハイエナファンドが紙くずとなった債券をかき集め、額面通りの返済を迫った。これを米連邦裁が支持し、軍の練習船を接収しようとしたり、代理店銀行の口座を閉鎖させるなどの攻撃を行ってきた。

アルゼンチンはこれを中国との関係強化で乗り切ってきたが、経済が回復すればするほど外貨不足が重くのしかかってきた。

リーマン・ショック後の農産物不況と中国経済の減速により、この矛盾が一気に表面化した。

15年12月、不況下で正義党政権は支持を失い、保守派のマクリが勝利した。

マクリのやったこと

マクリというのは一言で言えばアルゼンチンのベルルスコーニ。ボカ・ジュニアーズのオーナーという大金持ちだ。

マクリの行ったことは不正義としか言いようが無い。

マクリは就任早々、為替相場を自由化した。結果は約4割のペソ切り下げとなった。これに伴い電気代を5倍、ガスを3倍化した。

マクリもひどいが閣僚もひどい。エネルギー相(シェルの元重役)は「もしこのレベルの価格で消費者が高いと思うのならば、消費するのをやめたらどうか」と言い放った。文化相は軍事独裁時代に3万人の人が行方不明になったという事実を否定した。

新政府は真っ先にハイエナファンドへの債務返還を約束した。そのために02年入りの国際を発行するという。これに応じて米国企業は計23億ドルの投資を決めた。あの悪夢への道を再開することになる。

最初の数ヶ月で、解雇が16万人にのぼった。政府も公務員3万人の解雇でこの動きを助長した。労働者たちは、警官たちと公証人によって、職場に入ることを阻止された。書類を読み上げることによって、かれらは解雇されたことを知らされた。

毎日のようにレストランが閉店に追い込まれ、大学、劇場、そのほかの場所は麻痺状態となり、無数の零細企業が廃業となっている。

マクリへの反感が広がっている

世論調査では65%の人がこの半年で貧しくなったと感じており、新政権への支持は減少している。

前政権派が多数を占める議会は、これを抑えるために解雇条件を厳しくする緊急法を採択した。しかしこれは大統領の拒否権発動で不発に終わった。

半年を経た現在、新政権の評判は芳しくない。マクリ大統領一族の名がパナマ文書に登場したのである。当時彼はフェルナンデス・キルチネル前大統領の汚職を見つけ出そうと懸命のキャンペーンを張っていたが、釣り上げたのは自分の体だったというお粗末だ。

たしかに中南米の革新政府とそれを支えた勢力は苦境に陥っている。人々はそこからの脱出を求めて、目新しさを訴えるネオリベ派に投票した。

しかしその先に待ち構えているものがなんなのか。アルゼンチンの姿はそれを鮮やかに示している。