スクリアビンというのはとんでもない野郎で、とてつもない量のピアノ曲を書き記している。とてもすべてを聞くことなどできない。

と言いつつ、作品48までは来た。

といっても、スカルラッティはもっとたくさん書いている。

K: Ralph Kirkpatrick (1953; sometimes Kk.) で 555曲

L: Alessandro Longo (1906) で 500+21曲

P: Giorgio Pestelli (1967) で 559曲だ。

CD だとK だったり、L だったりしてもうさっぱりわからない。ハイドンの交響曲を全部聞いたという人は時々いるが、スカルラッティを全曲聞いたという人はそうはおるまい。

スクリアビンに戻ろう。以下の表がYou Tubeで聞けるスクリアビンのピアノ曲の一覧。ソナタは抜いてある。

一見して分かるのは、作品8の「12の練習曲」が1984年、作品49の「3つの小品」が1905年。この12年間の間にほとんどの作品が収まっていることである。

そのあと、10年ほどスクリアビンは生きているが、ピアノ曲には、さほどめぼしい作品はない。

だからスクリアビンの作曲家としての生涯は、3つに分けることができる。1904年に猛然と曲を書き始めるまでの時代、猛然と書いた時代、そして書き疲れたか書き飽きた時代の3つである。

Scriabin1

scriabin2

ここまで聞いたうえでの暫定評価だが、まず前奏曲は全て跳ばしてよい。ラフマニノフは結構前奏曲を看板にして一生懸命書いているが、スクリアビンにとっての前奏曲はメモ書きみたいなものだ。

これといった旋律はなく分散和音とムードだけだ。聞くのなら全曲をBGMで流すことになる。

と書いておくと、後の仕事がだいぶやりやすくなる。

順番に行こう。

作品1のワルツと作品番号なしのワルツは同じ頃の作品だ。なぜ嬰ト短調のほうが発表されなかったのかは、聞いてみれば分かる。同じ時期にもう一曲ワルツがあるようだが、こちらはYou Tubeで聞くことはできない。

作品2の第1曲は、スクリアビンの一番有名な曲になっている。私としては韓国の女流 Hyo Jee Kang がお気に入りである。ギレリスも優しさがあって好きだ。

他の2曲は飛ばして構わない。

作品3の10のマズルカはみんな良いのだが1,3,6あたりを入れておく。スクリアビンの曲はぼんやりした曲が多いので、どうメリハリを付けるかで印象が変わってくる。

その後作品7まではめぼしい物はない。

作品8の12の練習曲については以前書いたとおりである。

これまでソコロフとマガロフで聞いてきたのだが、どうも流れが悪くて面白いとは思わなかった。クシュネローバの演奏はリズムがしっかりしていて、テクスチャーが良く見える。よく弾きこなしているのだろう。この人の演奏で初めて、良い曲だということが分かった。

作品9の2曲はいずれも佳曲である。左手のみという制限がついたために嫌でも旋律線を重視するほかなくなったのであろう。シンプル・イズ・ベストである。溢れるようなメロディーはこれを最後に影を潜める。

作品11の前奏曲集もクシュネローバの演奏が聞ける。この曲はズーコフ、プレトニョフ、レトベルクなど多くの全曲演奏がアップされているが、私にはクシュネローバが一番心地よい。

いろんなロシアの作曲家を聞いてきたが、ピアノ独奏というジャンルは厳しいものだと思う。ほとんどの作曲家が30歳ころを境にメロディーの泉が枯れる。

最初の主題はどうでもいい、民謡とかの借り物でも良い。それは神様のものである。それにどういう対旋律を噛ませれば主旋律を浮き立たせることができるか、自分の曲になるかである。

これはセットアッパーと似ている。セットアッパーは一球一球が勝負である。だからストレートとフォークボールしかない。回転のよく効いたストレートで高めをえぐり、低めに落ちるフォークでの三振を狙う。

大抵はそれができないから、そのまま終わってしまうのだが、何人かだけがその後もメロディーを生み出し続ける。

知るかぎり、それはチャイコフスキー、リャードフ、キュイの3人である。後の二人は他に仕事があったりグータラだったりして使い惜しみしたから長持ちしたのである。

これがソナタだといろいろごまかしも効くし、全然関係のないメロディーを第二主題にしてそこまでなんとか繋げば良いのだから、ある意味話は楽だ。

アレンスキーなどはそうやって選手寿命を伸ばした。

そろそろ、アルコールも回ってきて、頭は回らない。とりあえず、スクリアビンの前巻は終了。