選挙は人を変える  参議院選挙福島選挙区

1.福島選挙区というところ

福島選挙区というのはずっと二人区であったが、3年前から一人区になった。それまでは自民・民主で議席を分けあってきたが、民主は議席を失った。

今回の選挙では民進党が議席回復を狙う形になった。それを野党共闘が後押しする形である。

民進党の候補は増子輝彦さん。2007年補欠選挙で初当選し、その後2010年の選挙でも当選し、今回は現職として「共食い選挙」を闘うことになった。

福島というのは全国にも珍しい社会党王国で、参議院選挙でもこれまで首位の座を保持してきたが、2013年には民主党の逆風の中で、自民党のマドンナ候補にダブルスコアーで敗れるという屈辱を味わった。

ここではかつて下田京子さんを押し出すなど共産党もかなりの力があり、前回参議院選では、今回比例区で当選した岩渕友さんが8万票近くを獲得している。また社会民主党も3万5千をとっている。逆に言えばこれまで民主党に入れていた人たちがそちらに流れたとも言える。

したがって、福島の民主党にとっては野党協力は至上命題でもあった。

2.増子輝彦という人

この候補は、経過から見れば共産党とともに天をいだくなど考えられなかった人だ。

47年生まれで私より一つ下。早稲田の商学部を出てそのまま参議院議員の秘書となっている。学園紛争などどこ吹く風の人だ。

福島県議会議員を経て90年の総選挙で無所属で当選し自民党に入党。その後所属政党は自民党→新党みらい→新進党→民主党とめまぐるしく変わっている。その間に何回か当選、落選を重ねている。いわゆる政界ジプシーだ。

ただ、東日本大震災と福島原発事故の後は明らかに立ち位置を変えている。参議院の震災復興特別委員長となり、翌年には民主党副代表(原発・復興特命担当)に起用された。

ただこれはたんなる選挙目当てではなく、これまでの積み重ねがある。14年の原子力協定(原発輸出の解禁)承認案には、党議に反して棄権した。これで党の副代表の地位を失った。

それに先立つ2月には、除染廃棄物の最終処分場を、安倍晋三首相の地元である山口県に設置するよう求める方針を作成した。

15年の民主党代表選挙では長妻昭の推薦人に名を連ねている。

いっぽうでマルチ業者の監査役として月20万円の報酬を得ていたというダーティーな側面も報道されている。(ウィキペディア)

3.野党共闘に至る経過

野党共闘を推進したのは「安全保障関連法の廃止を求めるふくしま県市民連合」だった。

市民連合の呼びかけで、5月6日に三党会談がもたれ、①安保関連法廃止、②集団的自衛権の行使を容認する閣議決定の取り消し、③県内全ての原発の廃炉−−などの基本政策を3党が確認し、増子候補一本化で合意した。

しかし民進党内や支持者には、共産との選挙協力についての抵抗感も強い。選対本部長の玄葉光一郎氏も自民党に所属した経歴があり、繰り返し共産党との連携を否定してきた。野党共闘が成立した今も、「福島では共産党からの推薦はありえない」と強調する。

県連の幹部(おそらく玄葉氏)は「各党が主体性を持って独自に考えることになる」と語った。(毎日新聞) 「口出し無用、票だけよこせ」ということだ。

福島方式は必ずしも先進的なものではない。増子氏は民進党のまま統一候補となった。政策協定はなく、統一的な選対本部もなく、共産党の推薦も受けない。共産、社民両党は自主応援にとどまっている。(福島民報河北新報

私の分類で言えば野党共闘の縄文時代である。

4.増子候補の変身?

ところが、その後増子候補が共産党との距離を縮めていくことになる。産経新聞の長文記事(5月28日)がその間の事情を明らかにしている。

見出しからして愉快だ。

【参院選・福島】 民進党・増子輝彦氏は元々保守系ではなかったのか? 共産党とすっかり蜜月となり「県内の原発廃炉」を訴えるが…

共産党は増子氏を支援する演説会を開いた。穀田恵二国会対策委員長が約1400人の支援者らに野党共闘の意義を訴えた。

演説会では、恒例の選挙募金を呼びかけた。共産党は政党助成金を受け取らない代わりに、個人に寄付金を募り選挙や政治活動費に充てている。久保田仁福島県委員長によれば、「いつもの2、3倍の選挙募金が集まった」そうだ。

増子氏の事務所開きには、久保田県委員長が「飛び入り」参加し、蜜月関係をアピールした。

産経新聞は

増子氏は原発政策の是非は巧みに避けつつ、野党共闘で合意した「福島県内原発の全基廃炉の実現」のみを訴える。

とし、

増子氏の姿勢は票目当てが先行し、肝心の政策を置き去りにしたままのようにも受け取れる。

と、批判する。産経新聞の焦りが手にとるようだ。

5.増子候補の発言

民の声新聞というブログにはこう記されている。

自民党も、福島を最重点区として位置づけていた。

安倍晋三首相や菅義偉官房長官、小泉進次郎党農林部会長など〝大物〟が続々と応援に駆け付け、公共事業一辺倒の「復興」をアピールした。

「常磐道は約束通り、全面開通した。今度は4車線化に取り組む」、「風評被害を吹っ飛ばす。中通りでつくられたお米を毎日、首相官邸で食べている」…。郡山駅前で、安倍首相はこうアピールした。

白河市内で開かれた集会には、西郷村や矢吹町、天栄村など西白河郡一帯の首長が一堂に会し、道路の拡幅など「復興」を語った。同じような光景は県内の各地で見られた。私には、原発被害など関係なしで、人の不幸でもうけようというたかり集団に見える。

こういう「権力」の利権攻勢を前に、増子候補の腹も決まっていったのではないかと思う。なにせ「配慮」していた相手が、金につられてぞろぞろと行ってしまったのだ。

問題は「野党連合」がどうのこうのではなく、まずもって権力の横暴と対決するしかないという原点なのだ。福島事故を党利党略で悪用する、それに擦り寄る不届きな県民がいる、こんなことを許していいのかという怒りだ。

6月22日の第一声は、原発に対するこれまでの態度に対する異例の「お詫び」から始まった。4党合意をはるかに超えて、原発そのものの批判にまで踏み込んだ。

増子候補はこういう。「基地問題がある沖縄と原発事故災害があった福島は、安倍総理にとって大変なある意味でのアキレス腱ではないか」

また日本の政治の真の争点は、改憲による緊急事態条項の導入であるとし、改憲派による参院議席3分の2を許すなと叫んだ。

もちろんそれなりの計算もあるだろうが、玄葉氏ら民主党県連首脳の度肝を抜いたことであろう。

30日には、福島の中心部で、「市民と野党の合同街宣」が行われた。民進党、社民党、共産党が壇上に並んだ。自民党が連日大物をつぎ込み、「野党は野合」と口汚い攻撃をする中での集会である。

7月1日、最終盤での決起集会での演説は IWJ Independent Web Journal で御覧ください(2/2 の51:30より本人演説が始まる)

帳票日直前になると、あの玄葉氏さえ、「平和などの実現に向け、県民の良識を示す選挙だ」と演説するようになった。

6.とりあえずの感想

野党共闘が偉大だと思うのは、しぶしぶそれに乗った人々をもふくめ、人の心を変える可能性があることだ.

もちろん増子氏の今の心境を内視鏡で覗くことはできないが、発言の内容がぐんぐんと変わっていくのが分かる。

それは、権力がそうさせているという面が強い。権力は金と脅し、アメとムチで市町村にローラーをかけていく。しかもその目的は福島の救済ではなく、「復興」という土建政治の押し付けだ。

かつては自らもその一翼を担ったにせよ、やはり許せない。このやり方には未来がない。

そもそも野党連合そのものが、市民の素朴な怒りの結晶だ。だから怒れば怒るほど、野党連合の趣旨そのものと一致していく。そして最後に勝ったのは、野党連合でも共産党でもなく、なによりも民進党自身に湧きでたその力なのだろうと思う。騎馬戦で勝つには、馬役の3人の力も必要だが、最後に必要なのは、上に乗った武者の戦闘力だ。

それが今回の選挙の結果なのではないか。

今後はこういう面からも野党連合の役割を見つめていく必要があるだろう。