記事の作成が全然進まない。
未完成のまま店晒しになっている記事がいくつもある。
理由ははっきりしているので、飲み会が重なっているからだ。
おまけに注文していたチャイコフスキーやリャードフやリャピコフやキュイのCDがドサッと来て、それを聞くのに時間をとられているからだ。
まずCDの話から始めようか。
Postnikovaのチャイコフスキー全集は、想像はしていたが、つまらない。およそひらめきのない人だ。ロストロポーヴィッチの奥さんでなかったら、こんなCDは出なかったろう。
ただし安い。全7枚で3千円だ。安いと旨い。閉店間際のスーパーで4割引きで買った刺身がうまいのと似ている。
キュイは25の前奏曲は流石に良い。You Tubeでは全曲は聞けないのでありがたいCDだ。日本人のピアニストがキュイ全集を出していて、 その第1集というのが中古で手に入った。しかし流石につまらない。
ボロディンのピアノ曲が全て入ってCD1枚というのがあって、これも組曲以外はあえて聞くほどのものはない。
とにかく集中力がなくなって、いい曲も聞き流してしまっているかもしれないので、どちらにしてももう少し聴きこまなくてはならない。しかし時間はない。

古代史以前になるのだが、板付1と板付2の意味を探るのが、日本の起源を探る鍵になりそうだと思っている。これから考古学を志す人は、奈良の古墳などやらずに北九州をもっと徹底的に攻めて欲しいと思う。

オバマ演説の「クオ・ヴァディス」はやはり心に引っかかる。「二度と繰り返しませぬ」をそこまで読み込んだオバマに頭が下がる。

上海の小野寺機関の話は虚実交えて興味津々だ。最初に思っていたほど、ただの「あぶく」ではなさそうだ。

要介護5で安定してしまった認知症の人、ワーカーさんは余分なことはしてほしくないだろうが、医者としてはアリセプトとレミニールは一度は使ってみたい誘惑にかられてしまう。
山形県の山奥で育った人が、小学校のときに新庄から汽車に乗って仙台まで修学旅行に行った時のことを鮮明に憶えているのだ。多分昭和10年頃のことだ。その時の目が輝いているのだ。なんとかもう少し引き出せないものかと考えている。