軍部の歴史についていろんな文献があるが、どれもこれも大同小異だ。
刀をもらったとか、銀時計だとか、「人情家だった」などの話にはうんざりである。
そのなかで川田稔の著作は出色ではあるが、悲しいかな類書に乏しいため比較検討ができない。
分かってきたことがいくつかある。
1.天皇制
天皇は荒木貞夫と皇道派によって議会と政府を押さえつけるための方便として利用された。それがうまくいったから、皇道派消滅後も軍部はそれを最大限に活用した。
2.昭和天皇はたんなる飾り物ではなかった
一種の戦後神話として、昭和天皇は軍部支配の犠牲者であり、本質的には平和主義者であったとされている。
しかし天皇は犠牲者でもなく平和主義者でもなく、最初は軍部の精神的代表として、のちには「大元帥」として戦争政策を推進した当事者であった。その故に政治的影響力を発揮しえたのである。
昭和天皇の思想的中核はほとんど狂信的とさえいえる反共産主義にある。かなり聡明であったかもしれないが、この反共原理主義が判断にゆがみをもたらしていると思う。
3.永田鉄山は勝負師である
永田鉄山の資質については様々な評価が下されているが、基本的には勝負師だろうと思う。斬った張ったの修羅場が大好きな人間である。戦略あって哲学なし、軍人としては最高かもしれないが、娑婆の世界では梟雄というべきであろう。
4.「強者の論理」に酔いしれて
「昭和陸軍の軌跡」を貫くのは強者の論理である。いったん始まればそれはどんどん研ぎ澄まされていく。国民は弱者であるにもかかわらず、強者の論理に酔いしれてしまった、
草野球で9番ライトさえおぼつかないのに、王・長嶋になった気分で野球評論する。打たれた投手をボロカスにののしる。怪傑黒頭巾がバッタバッタと斬り倒すのを見て胸がすっとしても、斬られた10人が生きられたはずの10の人生、墓標の前に立ち尽くす親や妻、子供には思いを致さないのである。
それが野球フアンのだいご味でもあるのだが、政治の世界では別の論理を打ち立てなくてはならない。野球評論と政治評論では視点をひっくり返さなくてはならない。自らを弱者の一員として位置づけなければならないのである。