内務省年表(とりあえず戦争責任との関係で)を増補しました。
いくつかの点がわかってきました。
1.内務省の設立は大久保利通のクーデターであった
彼は政府の中に内務省というもう一つの政府を作り、そこに権力を集中することによって維新政府の危機を乗り越えた。
2.西南戦争の終了と彼自身の死によって内務省の存在意義は消失した
にもかかわらずなぜ内務省は存続したのか。軍トップの山県がこのありがたい組織に注目し、その存続を図った。以降内務省は第二の政府として軍トップの意向を反映してきた。
3.内務省は軍の装置として軍の権力維持に役立ってきた
権力機構の維持のための装置であると同時に、政府から半ば独立した権力としての軍部を維持するための装置として役立ってきた。