チリの教育システムについて概説した文献が見つかった。

国立教育政策研究所の斉藤 泰雄さんが書いた「チリ:新自由主義的教育政策の先駆的導入と25 年の経験」というものである。

全文もそう長いものではなく、難しいものでもないので、直接そちらをあたっていただければよいのだが、とりあえず抜粋して紹介する。

はじめに―――なぜチリなのか?

チリは、教育の市場化・民営化を中心とした新自由主義的教育政策を徹底して推進してきた。

それはピノチェト軍事独裁政権時代の遺物でもある。

その特徴は

①バウチャー制度: 教育予算の人頭割

②基礎・中等教育で私立学校在籍者の比率がほぼ半数を占める

③管理運営を国から市町村に全面的に移管した

④世界で最も多数の高等教育機関を持つ

⑤父母の負担がきわめて高い

従来よりチリの教育水準はきわめて高い。高等教育就学率は31.5%に達している。成人識字率も95%を超える。

しかし、国際的学習達成度調査によれば、チリ教育は質の面において、大きな課題を抱えている。

1. チリにおける新自由主義教育政策の導入の経緯

1980 年、ピノチェット軍事政権体制下にあったチリ政府は教育の市場化・民営化を打ち出した。

「将来の完全民営化に至るまでの過度的な措置」として、市町村への分権化が打ち出された。

バウチャー制度により、公・私立校の区別なく、在籍する児童生徒数に応じて、生徒一人当たり同額の国庫助成金を配分する方式を採用した。

教員は、国家公務員としての身分を喪失し、、民間企業に対する労働法が適用されることになった。

2.新自由主義的教育政策の効果と限界

(1)バウチャー導入以降のチリ教育界の変貌

chileschool

助成私学経営への参入が相次いだ。1990 年までの10 年間で約50 万人の生徒が私学に流出した。現在では公立学校の在籍者は50%にまで低下している。

なお、独立私立校は、高い授業料を徴収する伝統的エリート系私立校であり、ここに通う生徒はバウチャーの対象外である。

(2) 「選択と競争」政策の効果と限界

私立校が少ないコストで公立校と同等あるいはより良い教育成績をあげたことは効率性の高さを示すものであると見なされた。

しかし私立校には多くの問題があった。

私立校はインフラ建設のローンを抱え、教員給与も公立校よりも低く抑え、また、学級規模も公立校よりも大きかった。

助成私立校は、英語の学校名、派手な制服やカバンの採用、課外活動の充実、愛校心の強調や校歌の制定など、中産階級の趣味をくすぐるようなマーケッティング戦略に走り、コストのかかる教育の質を向上させるための努力は回避した。

生徒数の少ない農村部やへき地には、私立校の進出はなく、教育の民営化そのものが不可能であった。

3.民政復活後の軌道修正

民政化後も、新自由主義的教育政策は維持された。その理由は

①軍事政権が法改正に憲法修正を求め、教育システムの維持を計った。

②ピノチェットは陸軍最高司令官にとどまり、「大砲の側で情勢を見守る」と宣言して文民政権を牽制した。

③すでに10 年間の実績があり、一定の効果をもたらした。父母も学校選択権を歓迎していた。

新教育相ラゴスの改革は二面的であった。

①教育の質と公正の改善をはかった。教育条件の整備は原則として国家が主導するとした。教職の地位の安定化と待遇改善をはかった。

②助成私立校の無償制を廃止し、授業料を徴収することを認める。助成私立校はバウチャーの恩恵を受けながら、同時に授業料を徴収できるようになった。

これらの部分修正により、結果的に市場化・民営化路線は存続・強化されることになった。

4.OECD調査団によるチリ教育政策評価

2003 年10 月にOECD教育委員会が調査を行った。これに合わせ、チリ教育省もレポートを提出している。

[チリ教育省報告部分から]

①90年代の前半には、公立校と助成私立校との成績格差はわずかに縮小したが、その後は拡大を続けている。

②学習成果は不平等で、高度に階層分化されており、90年時点に比べ改善はない。

③公立と助成私立校間での学習成績の相違は目立たない。むしろ社会経済的階層による違いが顕著である。

(③は、「助成私立校が公立校より成績が高くコストが安い」という主張に対する控えめな反論)

[調査団報告部分から]

バウチャー・システムや教育の市場化と関連するその他の政策は全般的な合意を受けており、もはや逆転させることは難しい。

家庭を私立学校に引きつける最も重要な要因は、「私立学校では最悪の不良生徒の入学を拒絶できること」であった。私立学校は特殊教育について配慮する必要がないし、素行態度が最悪の生徒の入学を拒絶することもできる。

公立校から良質の上澄み部分の収奪が、公立学校の平均テスト成績を低下させる原因となっている。

つまり、助成私立校は公立校よりも効率的だが、それは最低部分を切り捨てることで成り立っており、チリの教育システム全体に代わるような方式ではないということである。

助成私立校のコスト効率が良いとされるが、その実態は、助成私立校の(かなり無理をした)教員の労働コスト削減によって生じたものである。公立校に適用しうるものではない。

調査団は、次のような結論を下さざるをえない。

将来、教育システムにおいてより大きな効果と効率を生み出すためには、市場メカニズム(たとえば、学校間での競争や教員の業績給) に依存しつづけることは、高い成果をもたらす戦略ではない。

チリの教育コスト

ピノチェトの民営化政策は教育の効率化をネガティブな形で追求したものであった。つまり教育の質を落とさずに、どこまでコストカットできるかという視点である。

その結果が下の表である。

対GDP比で見た各国の教育費支出とその負担区分の事例 (2001 年) 単位:%

国名

全教育レベル

高等教育レベル

公財政支出

私費負担

公財政支出

私費負担

日本

3.5

1.2

0.5

0.6

アメリカ

5.1

2.3

0.9

1.8

チリ

4.3

3.2

0.5

1.7

OECD平均

5.0

0.7

1.0

0.3

チリのことは笑えない。日本ははるかにひどいことになっている。