「逆扶養」の歴史的把握が必要だ

家族の監督義務の問題は、そもそも子供に親を見る義務があるのかという根本的な問題に突き当たる。

今回のケースでも長男夫婦が面倒を見ていたから発生した問題で、他の兄弟には責任がないのかという問題をはらむ。

親が子供を見るのは自然の感情としてある。しかし、動物の世界では子が親を見るのはあまり聞いたことはない。子供は成長すれば親離れして、ふたたび会うことはない。

結局、子供が親を見るのは親の扶養義務の類推として、「逆扶養」という発想から生まれた概念ではないのだろうか。

「逆扶養」の範疇

ところで、子供が年取った親の面倒を見る行為を総体として表現する言葉がみあたらない。

どうも困ったことに、老人を1.その生活を経済的に保障し、2.その生活を介助し、3.その生活環境を整え、4.その資産や健康を保全し、5.老人の立場を対外的に代行・代弁し、5.その行動について社会的責任を取る…というような一くるみの行動を一言で言い表す適当な言葉が見つからない。

「お世話」や「面倒見」でも良いのだが、あまりに多義的である。「逆扶養」 (Reversed Maintenance) だと論理的には収まりは良いのだが、いかにも硬い。しかししょうがないのでとりあえず「逆扶養」としておく。

「逆扶養」概念のあいまいさ

たしかに民法上は扶養義務は規定されている。しかし親が子供の扶養を怠れば、「育児放棄」とかいって刑法上の犯罪になるが、親を扶養する義務はそれほどのものではなさそうだ。

また長子相続制の名残かもしれないが、一般的には家を離れた次男、三男坊には義務は強制されていない。

それに親に人格が存在する限り、法的主体は親自身だ。したがって親が何をしようと勝手だから、その結果親が野垂れ死にしようと子供に責任はない。

以上のように子供の扶養義務は子供の扶養義務を拡大解釈した「みなし義務」としての性格があり、厳密な適用にはそもそも無理があると言わざるをえない。

「逆扶養」概念の由来

「逆扶養」という関係はおそらくは社会の中で生まれてきた関係ではないだろうか。とくに「家」という制度によって、二次的にもたらされているのではないだろうか。

知りもしないのに偉そうなことは言えないが、古代的な共同体が大家族制とともに衰退し、これに替わるように小家族制が社会の基本単位となっていく。その時に長子相続制や男系家族制が出来上がっていく。

それと並行して儒教的な倫理が広がっていく。だから「逆扶養」概念は自然発生的なものではなく、イデオロギー的な産物かもしれない。

私の予想を裏付ける文章が見つかった。柳谷慶子『近世の女性相続と介護』では以下のように記されている。(3月11日追加)

江戸時代中期には、親の扶養問題を中心に据えながら、家族が果たすべき扶助役割のなかに看護や介護を位置づけるようになった。

なかでも一家の主人たる男性の責任は重大であった。主人を中心に家族全員が協力して親を養い介抱する家族像が、期待された。

この背景には、直系親族を中心とした小家族の一般的な成立があり、家族役割の自覚化が強く促されたからである。

幕府と藩は、家族による扶養と看病・介護を規範化して、家族の自助努力を涵養した。これにより扶養と介護の主体としての家族の位置づけがさらに一層強調されるようになる。

この場合、子供だから扶養義務を持つのではなく、「戸主」であるがゆえに、家族の構成員の一人としての親(ご隠居)の面倒を見なければならないのである。

まさに今、その「家」という制度が実質的に解体する中で、その制度に基づくような倫理規範というものは存在意義を失いつつあるのではないだろうか。

そしてそういう倫理規範を根本とする民法の体系を本格的に再検討する必要があるのではないか。