言葉が分かったところで、今度はゲノム研究の歴史。

中身はちんぷんかんぷんだが、例によって年表形式で

1920年 ドイツの植物学者ハンス・ウィンクラーがゲノムなる言葉を造語する。これはGene(遺伝子)とChromosome(染色体)をあわせたもので、ヒトゲノム・プロジェクトにおける「ゲノム」とは意味が異なるもの。

1953年 ワトソンとクリックによるDNAの二重らせん構造の解明

1977年 DNA塩基配列を決定する法が確立する。

80年 DNAマーカーを利用した遺伝子マッピング法が開発される。さらに核酸プローブを利用して遺伝子を染色体上に正確に同定することも可能になる。(この辺はまだ遺伝子工学のレベル)

81年 ヒトミトコンドリアの全ゲノム配列(17,000塩基)が決定される。

84年 パルスフィールド電気泳動が導入される。大きなゲノム断片を分離することが可能になる。

85年 PCR法の応用が始まる。DNAの大量複製によりDNAの同定、鑑別が可能になる。

1986年 がんウイルスの研究者レナート・ダルベッコ,「個々の遺伝子をばらばらに研究するのではなく,ヒトのゲノム全体を研究することが必要だ。そのためにヒトゲノムの配列を全部決定するのが早道」と提唱。

87年 酵母人工染色体(YAC)が開発される。これを用いてゲノム断片をクローニングすることが可能になる。

88年 アメリカでヒトゲノムプロジェクトが正式に発足。この時点で約400種の遺伝子の位置が判明していた。

89年 ヒトゲノム計画の国際連携を図るため、日米欧の研究者によりヒトゲノム国際機構(HUGO)が設立される。

89年 マイクロサテライトマーカーが発見される。これによりゲノムマッピングのためのDNAマーカーが容易に入手可能となる。

91年 遺伝子データベースのコンピュータによる運用が開始される。この頃多くの疾患関連遺伝子が同定される。

94年 フランスのヒト多型研究所、完全なヒトゲノムマップを作成したと報告する。ヒトゲノムの全体を網羅する「物理地図」がほぼ完成,文字配列の解読が詰めの段階に入る。

95年 あらゆる生物で初めて,インフルエンザ菌の全ゲノム配列が発表される。その後大腸菌や枯草菌など10種類以上の細菌でも解明される。

95年 核酸プローブの高密度アレイを利用するDNAチップが登場。膨大な遺伝子を同時かつ系統的に解析することが可能になる。

96年4月,単細胞の出芽酵母のゲノム配列が決定される。

97年 ユネスコ,「ヒトゲノムおよび人権に関する世界宣言」を採択。ゲノム研究で得られた知識の扱いについて倫理的な問題が浮上する。

1998年4月 米国のクレグ・ベンター,ヒトのゲノムの塩基配列が進行しており,2003年頃には全塩基配列が決定されるだろうと予報。

6月 結核菌の全ゲノム配列が決定される。遺伝子の総数は約4000個で,その8割以上についての機能も予測される。

98年 多細胞生物として初めて線虫の全ゲノム配列が発表される。単細胞から多細胞への進化の謎にアプローチ可能となる。また受精卵から個体へという動物の個体発生についても手がかりとなる。

99年 ヒトの第22番染色体のゲノムが解明された。翌年には第21番染色体のゲノムも解明。

2003年 全ヒトゲノムの解読が完了。完成版が公開される。

2003年 大腸菌のDNA合成機構を利用して、ウイルスのDNA断片をつなぎ合わせ完全なゲノムを合成することに成功。

2007年 酵母菌を利用してDNAの断片をつなぎ合わせて、マイコプラズマ・ジェニタリウムという細菌のゲノムを構築することに成功。

2015年 中国で「ゲノム編集ツール」を使ってヒト胚のDNAを改変する研究が行われる。ネイチャー誌は「非倫理的研究だ」として厳しく警告。

ゲノム編集: これはDNAの二本鎖切断(DSBs)と、その修復という二つの過程よりなる。
標的へのターゲティングとDNA切断にはCRISPR-Cas あるいはTALENが用いられる。
修復には二つのパスがあり、相同性組換え(HR)あるいは非相同性末端結合(NHEJ)と呼ばれる。 非相同性末端結合においては、いやおうなく欠損が生じるため、対象となった不良遺伝子はノックアウトされる。