ゲノムの正確な定義

お手軽解説にこんなことを書いては、お手軽どころか、混乱に拍車をかけるだけなので、あえて省いた。

1.ゲノムは遺伝情報の総体だ

まず正確に言っておく。

ゲノムはDNAの表面に塩基配列という言葉を使って書かれた遺伝情報の総体を指す。

この一連の言葉の中で、「遺伝子」を表す部分はそれほど多くはない。それ以外の部分はかつては無駄な部分と考えられていた。しかしその部分も含めてすべての塩基配列が何らかの形で遺伝に関与している。

だから、ゲノムという言い方は不正確であり、塩基配列のすべてを「遺伝情報群」あるいは「遺伝情報セット」として考える必要がある。もちろんその中でも遺伝子の情報が決定的に重要なことは言うまでもない。

これについては下記のページでうまく説明されている。

カーネーションのゲノムは、2013年に、約4万3千個ある遺伝子の並び方がすべて解読されました。

カーネーションンの遺伝子は、約4万3千個。一方、ヒトの遺伝子は、約2万2千個です。

ヒトの遺伝子の数はカーネーションより少ないのですが、ゲノム全体の情報量はカーネーションの5倍もあります。
というのは、ヒトゲノムには、「遺伝子ではない」けれど「遺伝子のはたらき方を調節する部分」がたくさんあるからです。
その結果、いろいろな複雑な調節ができるのです。(NHK高校講座

なお遺伝情報についてはエピジェネティクスも関与するが、ここでは省略する。

2.ゲノムの話は染色体と一切かかわりない

現在使われているゲノムという言葉は、前にも述べたように「ジーン」と「-オーム」(群れ)をくっつけて作られた言葉である。

しかし、この言葉はかつては別な意味で用いられていた。ジーンは同じだが後ろの「-オーム」は染色体(クロモソーム)の「-オーム」である。

なぜか、その頃はまだDNAが知られていなかったからである。

だから木原 均は「すべての生物の歴史は染色体にきざまれている」(1946)と言ったのである。

しかしるる説明したように、現在のゲノムは染色体とはいっさい関係ない。そんなものを持ち出さなくても、完璧に説明がつくのである。染色体は小分けにして梱包されたDNAであり、「マルクス全集」の一分冊に過ぎない。

顕微鏡で見える染色体は分裂期にタンパク質で肥え太ったDNAがとる一時的な姿態に過ぎない。

にもかかわらず、ゲノムというと染色体の話を持ち出すやからが相変わらずいる。彼らこそが人々を混乱させ、困惑させている元凶である。

3.「お前、あほか」と叫びたくなる悪文

進研ゼミのサイトで、高校生からこんな質問があった。「ゲノムってそもそもなんですか?解説をなんども読んだのですが、ゲノムとはなんなのか、つかめません」

それで件の高校生が悩んだ問題。

【問題】
遺伝情報と遺伝子の発現について,次の文章中の空欄に適当な語句を記せ。

ヒトのからだは,1個の受精卵が( ①      )を繰り返してできた多数の細胞が,多種多様に( ②    )して形づくられている。

中略

遺伝情報は,染色体のDNAに含まれており,ヒトでは( ⑥    )本で1組の染色体のDNAが含む遺伝情報を( ⑦     )と呼ぶ。

つまり,ヒトの体細胞は( ⑦ )を( ⑧    )組もっていることになる。

①はなんだろう、「分割」かな?②は「特化」かな? 正解は「細胞分裂」と「分化」だそうだ。これは国語の問題か?

後ろの段はもっとひどい。質問の仕方が悪すぎる。そもそも「遺伝情報は,染色体のDNAに含まれて」いるというのが、ほとんど間違いだ。「その遺伝情報は第23支店のDNAに含まれています」と言うことでしかない。

それに、何を言いたいのか分からない文章だ。染色体を1本、2本と数える数え方も業界用語に過ぎず、なじめない。そのこととDNAがもつ遺伝情報を総称してゲノムということにはまったくかかわりない。

だいたい話が逆だ。1本のDNAが46個の染色体に分割されるのであって。染色体のDNAがひとつに合体するわけではない。

この問題が理解できずに悩んだ高校生はまことに気の毒である。

出題者の書いた解説というのが付け加えられている。

これを読むと、出題者が完全に勘違いをしていることが分かる。冗長なことこの上ないが、全文を転載する。

真核生物の体細胞は,通常,相同染色体を2本ずつもっている。ヒトの場合,父親と母親それぞれから生殖細胞を介して23本の染色体を受けとるので合計46本の染色体が核内に存在する。この生殖細胞がもつ1組(ヒトでは23本)の染色体のDNAに含まれるすべての遺伝情報がゲノムである。つまり,ヒトは父親由来のゲノムと母親由来のゲノムの2組のゲノムをもつことになる。

体細胞分裂では,細胞がもつゲノムは変化しないので,1個の受精卵からつくられる一人のヒトの体細胞は,基本的に同一のゲノムをもつ。一方,多細胞生物のからだは多種多様な細胞で構成されているが,細胞は,同じゲノムをもっていても,どの遺伝子がはたらくかを変えることで,多種多様に分化するのである。

そもそも何を言いたいのかが分からない。ほとんど統合失調の世界だ。生殖の話ならゲノムなど不要だ。ゲノムの話なら、生殖など不要だ。

DNAはタンパク合成のための設計図であり、生殖とか細胞分裂のためにあるのではない。人間は毎日毎日セックスのことばかり考えて暮らしているわけではない。もちろんその時はその時の対応はするが、日々のタンパク合成の営みとはカテゴリーが違う。

うっすらと想像できるのは、この出題者がゲノムという言葉は「染色体遺伝子群」を示しており、ゲノム論は染色体抜きに成立し得ないと信じ込んでいるらしいということだ。染色体のメガネを通してしかDNAを見れないほどに、脳みそがミイラ化している。私が校長なら、暫時休職を勧める。

これについてはウィキペディアの「ゲノム」の項目に詳しい説明がある。ことの性格上、かなりしちめんどうくさい議論となっているので、興味のある方は直接当たってください)

注意!: もし、ゲノムの説明の中に3倍体とか4倍体とか、染色体とか木原均だとか出てきたら、それは昔のゲノムの話なので無視してください。そういう文章は混乱するばかりなので一切読まないようにしてください。