川内に続いて高浜が再稼働(しかもプルサーマル!)、さらに伊方とどんどん進んでいく。

これらの動きで注目されるのは、再稼働がまったく無言のうちに進んで行っていることだ。

以前なら電力会社側が声高に電力の危機を騒いだものだったが、最近はまったく音無し。ある意味不気味な話だ。

福島の後、大企業側はNHKを動員して、電力が危ないと繰り返した。また電力料金が跳ね上がると脅した。

それが最近ではとんと聞かれないから、庶民の側では原発を再稼働する理由がさっぱりわからない。電力会社の都合としか受け取れないのだ。

福島以前、原発の宣伝は基本的には3本柱だった。安定供給、安全、安価という3つの「アン」である。

原発事故そのものが安全神話の崩壊を意味した。東大教授たちは大方の非難を浴び公の舞台から姿を消した。

さらに残る二つがひっくり返されていったのが福島以降の経過だ。とくに電力不足のキャンペーンは異常なものだった。

しかしこれはすでにクリアされた。もう「電気が足りなくなる」の嘘は通用しなくなった。それと同時に原発再開を前提に火発の再稼働を怠ってきた各電力会社も、火発へのシフトを開始した。

残る問題がコスト問題であった。

コスト問題というのは3つのフィクションの上に成り立っている。

ひとつは人命コスト、国土汚染コストなどのリスク対応コストが排除されたうえでコスト計算を行うというフィクションである。

ふたつ目は「核のゴミ」の廃棄・処理コストがゼロとして計算されるというフィクションである。

三つ目は電源開発などの名目による国税投下がコストから排除されるというフィクションである。これらは本来、電力会社がコストとして負担すべきものであった。

ただ、あえてそれらのフィクションを受け入れたうえで、攻撃的なコスト論争が行われ、液化ガスとの比較優位はほぼ否定された。

残された唯一の問題が、原油・天然ガス輸入増に伴う貿易赤字であったが、円安を上回る原油価格の低下により、この問題も自然解決してしまった。

つまり、電力会社には拠るべき再稼働の理由がなくなってしまったのである。


ネットを探してみると、経団連御用達の「ウェッジ」誌が再稼働推進論を打ち出している。

2015年08月18日(Tue)  川内原発の再稼働が必要な4つの理由  再稼働がもたらすリスクとベネフィット 

これを読みながら反論しようかと思ったが、読んでいるうちにアホらしくなったので止める。

一応リンクはかけておくので、目を通しておくほうが良いでしょう。