作品番号順に、めぼしい物を拾っていく。

Lyadov Arabesques Op. 4 - No. 4 in E

Lyadov 2 Pieces Op. 9 - 1 Valse in F sharp

LYADOV Prelude D flat major OP10 No1 (有名曲)

Lyadov - M.Rapetti-4 Preludes Op. 13 - No. 4 in F sharp minor

ここで、管弦楽にも手を出す。実際に手を出したのかどうかは知らないが、この曲作りは明らかにオーケストレーションを狙ったものだ。

Solovieva Liadov - About olden times, Op.21

悪い曲ではないのだが、ラペッティは持て余し気味だ。スロヴァーク・フィルの演奏で管弦楽版が聞けるが、編曲は陳腐だ。

この後作品番号の20番台はつまらない。こんな曲を年に2集くらい出していて、よく「音楽家」が続けられたものだと思う。実家に金があったんだろうね。

Lyadov - M.Rapetti-Bagatelle in D flat かなり長い不調の底から立ち直った頃の曲。

Inna Poroshina Lyadov-Mazurka in G Major, Op. 31, no. 1 (Rustic)

Robin Zebaida Plays Anatol Liadov's Prelude in B flat minor, Op 31, no 2

Cherkassky_Lyadov Musical Snuff Box, Op 32 超有名曲。と言うよりリャードフといえばこの曲しか知られていないと言ってもいいくらいだ。プレトニョフがアンコールで弾いた“ぜんまいのきれかかったオルゴール”という趣向もある。

Prelude Op 36_3 in G major この単純さはなんだ。それは次の曲で分かる。Lyadov - Etude op.37 - Grinberg

作品39の前奏曲集は二つの短調曲が良い

Lyadov 4 Preludes Op. 39 - No. 2 in C minor、 No. 4 in F sharp minor

作品40は全曲を聴くことはできないが、聴いた3曲がいずれも佳曲である。しかしあまりに短い。「俳句」みたいなものだ。

そして作品44がリャードフの最高傑作と思われる船歌だ。この辺りが40歳代前半でもっとも油の乗った時期になる。作品39より前は聞かなくてもいいくらいだ。

主題はきわめて単純だ。これをどう弾くかで曲の印象はまったく変わってくる。

試しに聴き比べてほしい。YouTubeで調べればすぐに出てくる。

Anatoly Lyadov Barcarolle for Piano Op.44 (1898) with pianist Miki Aoki

Tatiana Nikolaeva plays Liadov Barcarolle in F sharp major, Op. 44

作品48のカンツォネッタも名曲だ。

世紀が変わり、46歳になったリャードフに「先生、そろそろ長編をどうです。俳句ばっかりじゃ大作曲家になれませんよ」とそそのかされたのかどうか、書いたのが「ポーランド民謡の変奏曲」(作品51)、今度はそれなりに形になったようだ。

ならば、今度は大きい曲でということで書いたのが交響詩「ババ・ヤーガ」。「古い時代について」に比べれば、オーケストレーションはまことにみごとだが、どこまで自分でやったのやら。

リムスキー・コルサコフにも似ているし、プロコフィエフにも似ている。ディアギレフが食指を動かしたのもうなずける。何よりもの特徴は「短い!」ということだ。これでどこが「交響詩」というのだ。これではパ・ド・ドゥも踊り切らないうちに曲が終わってしまう。

作品57の「3つの小品」は、私のもっとも好きな曲。マズルカはゾクッとくるほどだ。

Victor Paukstelis plays Anatoly Lyadov Three Pieces, Op. 57

ピアノを相手に俳句みたいな曲ばかり書いていると、時代に対して超然としてくる。「浮世離れ」してくると、こんな曲も平気で書けることになる。

とても良い曲だが、「ショパンもどきでは?」と言われればそのとおりである。しかし素敵な曲だ。

大曲「管弦楽のためのロシア民謡」(大曲と行ってもたかが知れているが)はもっと演奏されて良い曲だと思う。編曲は大変シンプルで、リムスキーのような光彩陸離たる油彩ではない。そのかわりきわめてすっきりとして風通しが良い。プロコフィエフの古典交響曲みたいだ。

ただプロコフィエフには精密機械の感じがあるが、この人はお茶漬けサラサラのサラサラ感だ。日本人には理屈抜きに気持ち良い。

いよいよ最後に近づいた。リャードフ54歳の大作「キキーモラー」だ。おじさんギャグになるが、この曲は絶対に聞き漏らさないでください。You Tubeではアンセルメ(なんと1953年のステレオ録音)とスヴェトラーノフが聞ける。両方とももらさず聞いてください。(テルミカーノフの演奏もあった)

「火の鳥」になりそこねた曲であり、リャードフがストラビンスキーになりそこねた曲である。あえて言っちまうと、ストラビンスキーはリャードフの語法を“盗んだ”可能性もある。

これが1909年の作品。当然のことではあるが、19世紀を突破している。同年代のグラズノフが相変わらずの曲作りをしているのとは大違いだ。「三年寝太郎」のはずが、知らぬ間に新世代の語法を身に着けてしまったらしい。いかにも遅咲きの桜だ。

それから5年後、作品64の「4つの小品」でリャードフは無調音楽の世界に足を踏み入れている。とはいっても、恐る恐る片足突っ込んだ感じで、最後はシャバの調性世界に戻るのだが、59歳でこういう冒険をするというのもなかなかできないことである。

ネットで耳にできる限りで、最後の作品がバイオリンの小曲「挽歌」(1914年)である。

潮田益子 Lyadov Song of Sorrow op.67

これは完全な調性の世界である。せいぜいフォーレ風味くらいだ。

この年の8月、第一次世界大戦の始まった月、リャードフは世を去る。59歳だ。惻隠するに、まぁだいたいいい具合に世の中生きたんではないかと思う。

「もう少し…」という気もあるが、そのくらいが一番良いのだよ。


You Tube、You Tubeと書いていますが、実はかなりの部分は下記のサイトからのものです。

MP3LIO.NET

この検索窓に“Lyadov”と入れてください。Rapetti の全曲録音の殆どがダウンロードできます。(たぶん、厳格にやれば違法に近いと思うが)