「資本論」第3部第1稿のMEGA版について (大谷禎之介)

抜き書き

はじめに

1993年にMEGA第2部第4巻第2分冊が刊行されたが,これには待望の『資本論』第3部第1稿が収められている。本稿ではその内容を894年刊行のエンゲルス版と対比しながら紹介する。

1.エンゲルス版の歴史的意義

「資本論」の第1部は,「資本の生産過程」の分析によって資本主義的生産様式の最も本質的な諸関係とそれらの物象化とを明らかにしている。

しかしここでの叙述は,そのあとに「第2部資本の流通過程」と「第3部総過程の諸形象」が続くことを想定していた。

リカードウらの古典派経済学者たちもすでに,平均利潤とそれをもたらす価格(生産価格)との存在を知っていた。そして,これらと商品価値とのあいだに説明されるべき問題が潜んでいることに気づいていた。

また彼らは,利潤,利子,地代を個々に論じるばかりでなく,すでに事実上それらを剰余労働に還元する戸口にまで到達していた。

*マルクスは「資本論』第1部で,価値を生産価格から独立につかみだした。

*それが抽象的人間的労働だという本質を明らかにした。

*そして、抽象的人間的労働が労働生産物のなかに対象化(物質化)したものが価値であることを明らかにした。

*そして、その過程は、労働生産物が商品生産関係のもとに置かれるときに、必然的なものとなることを明らかにした。

これを「価値論」と呼び、生産価格を展開するための確固たる基礎となった。

*この価値論を基礎に,資本の価値増殖の結果である剰余価値を分析した。

*その結果,剰余価値の本質が賃労働者の剰余労働だということを明らかにした。

*その過程は、資本主義的生産関係のもとでは、資本家の商品のなかに必然的に対象化(物質化)するのである。

これを「剰余価値論」と呼び、資本主義的生産関係のもとでの価値の形成過程が根底から明らかにされたのである。

資本論第1部は,生産価格や剰余価値のさまざまの具体的形態という現象形態の奥に潜んでいる本質,つまり価値と剰余価値とを明らかにした。

が,この本質から現象形態を展開して,現象形態そのものを説明する課題はまだ果たしていない。

「資本論」第1部が「一つの全体」をなしているといっても,本質についての叙述として完結している,ということであって,資本の認識そのものは,まだまったく完了していない。

2.MEGA版刊行の意義

エンゲルス版は想像できないほどにエンゲルスによる手入れが行なわれている。

そればかりではなく,草稿そのものの内容と,それのエンゲルス版との相違の具体的な内容も違っている。

エンゲルス版と草稿との関係については,とりあえず,次のようなことを指摘できる。

第1に,草稿は、想像以上に未完成である。多くの部分が,研究過程をそのまま反映した作業ノートでしかない。

第2に、マルクスの第3部での叙述は、第1部および第2部を理論的にも実際にも前提していない。

エンゲルス版は,現行の全3部が,第1部から第3部へと順次に叙述された完成された著作であるかのような外観を与えている。

しかし、マルクスが第3部草稿を執筆しはじめたときには,まとまった第2部の草稿はまだまったく書かれていない。第3部草稿の執筆を中断して,はじめて第2部第1稿が書かれたのである。

第3に,エンゲルスはなんの注記もせずに,明らかに内容にかかわるような手入れを行なった。とくに第5章(現行版第5篇)ではいたるところで行っている。

しかし序文ではマルクスの草稿とそれほど大きな違いがないかのような印象を与えてしまった。

第4に,エンゲルスの手入れには,必ずしも適切ではなかったと思われるものも少なくない。

エンゲルスは、本文の部分と抜華ノートの部分との境界を見違えて,篇別構成を理解しにくいものにしてしまった。

草稿そのものが公刊されたいまでは,エンゲルス版は,マルクスの第3部草稿から作成したエンゲルス独自の著作物とみなされるべきものである。

MEGA版にもとづく新しい普及版が出るまでは,エンゲルス版も利用されることであろう。ただその場合にも,エンゲルス版のI性格と限界とがよく理解されたうえで利用されることが望まれる。

第3部MEGA版そのものの邦訳には筆者らがすでに着手しており,いずれ大月書店から刊行される予定である。

3.第3部MEGA版について

テキストは,誤植が散見されるものの,エンゲルス版とは異なる草稿の状態をよく再現している。

とくに注目されるのは,第5章(エンゲルス版第5篇)のうちの「5)信用。架空資本」の取り扱いである。

これはエンゲルス版第5篇の第25章~第35章にあたる部分である。

テキストは大まかに言って,次のような構成になっている。

①最初から「追補」の終わりまでが、現行版の25章と26章に当たる。

②編集者が「資本主義的生産における信用の役割」とタイトルを付けた部分。これは現行版の27章に当たる。

③ここからⅠ)が始まる。これは現行版の第28章に当たる。ついでⅡ)が29章、Ⅲ)が30,31章に当たる。

④Ⅲ)は途中で中断し、「混乱」と呼ばれる材料収録部分が挟まれる。その後、Ⅲ)の続きというタイトルで、文章が再開される。これが32章に当たる。

⑤この後、「混乱。続き」というタイトルの材料収録部分がある。エンゲルスは,このなかから第34章と第35章とを作成した。

つまり現行版のうち、本来の本文部分は,①第25章の最初の4分の1の部分,②第27章,③第28章,④第29章,⑤第30-32章ということになる。

以下省略