議論の中間まとめ

1.復興の原動力は外因か内因か

議論をおおまかに分けると復興の原動力をアメリカの支援に求めるか、日本自身の再生力に求めるかということになる。とりあえず外因説と内因説と名づけておく。

どちらも一理あるのだが、どちらかと言えば内因説は後ろのほう(朝鮮戦争・講和以降)まで引っ張って論じる傾向がある。したがってこの問題を論じるときは戦後前期と戦後後期に分けて話すのが良いようだ。

2.戦後をどう区切るか

すると、どこで分けるかがまた問題になるが、一応朝鮮戦争開始までを前期、そこから昭和30年の「戦後は終わった」宣言までとするのが区切りが良いのではないか。同じように高度成長期も神武景気・岩戸景気からなべ底不況までを前期とし、東京オリンピックからオイルショック(第二次)くらいまでを後期と考えるのが妥当であろう。

3.戦後前期はどういう時期だったのか

復興というが、この時期は厳密な意味で復興期とはいえず。終戦から半年くらいは旧システムの瓦解期ともいうべきで、本当の奈落は昭和21年の夏くらいから22年いっぱいくらいにやってきた。

それなりに上向きかけるのは、アメリカによる各種のテコ入れが始まっていこうのことである。そして急速な景気の持ち直しがインフレを呼び、財政・金融が破綻しドッジプランが導入されるにいたり二番底を迎える。これが昭和24年のことである。

すなわち終戦後から朝鮮戦争までのわずか5年間が、墜落期、谷底期、インフレ期、緊縮期という4つの小区に分かれるのである。

日本の経済はこういう経過を辿りつつ復興に向かった。そういう意味では戦後前期というのは厳密な意味での復興期ではなく、崩壊寸前の限界をくぐり抜けた復興前期と呼ぶべきかもしれない。

4.戦後前期はどういう時期だったのか…つづき

戦後前期は、国家存亡の危機ともいうべき限界期だったのだが、同時にそれは政治構造と経済システムに根本的な変革が加えられた時期でもあった。

だから多くの論者が、この時期に行われたさまざまな変革を取り上げて、「これこそが復興の決め手だった」と主張している。

しかし一般的にはこの手の変革は後から効いてくるものであり、当座の役には立たないものが多い。それどころか、短期的には混乱に拍車をかける危険すらある。

例えば引揚にしても、わずか1年余りで数百万もの人間を身一つで送還するのは、アメリカからすれば「棄民」に近い措置である。

だからGHQが行ったさまざまな方策は、①当面の危機回避の手段としての対策と、②日本の政治・経済システムを枠付けた構造政策とに分けて評価しなければならない。とくに危機回避手段の中でどれがもっとも有効であったかという視点から評価しなければならない。

それらの政策コンプレックス(カンフル剤)こそが日本を破滅から救ったといえるだろう。

5.戦後前期における内因の評価

実はこれが一番難しい。さまざまな論者が様々な意見を挙げているが、多くは抽象的で、「精神」的ですらある。江戸時代からの伝統とか、明治維新の力とか言っても始まらない。「中国4千年の歴史」が中国人の戦いに何の役にも立たなかったのと同じである。

ゼロ戦とか戦艦大和の技術力とか言うが、むしろそんな程度で自慢しいてたのが恥ずかしくなるほどの技術力格差だった。「三等国」としての自覚、それを自覚したのが、戦後経済成長の出発点だったのではないか。

しかし、これまで言われていたようにすべてがアメリカ頼みだったわけではなく、かなり「残存体力」も物を言っている思う。

要はその辺りを具体的に数字で評価する必要があるということだ。とはいえ、目下のところそれ以上の情報はない。

ある意見で、「戦争での工場などの損害は40%です」というのが初耳だった。6割残存を「健在」と見るかどうかは別の話になるが、昭和21年5月に八幡製鐵の工場が健在で操業していたのには驚いた。周囲はまったくの焼け野原だが。

6.愚かな戦争政策の終結

これもある意味で内因だが、戦争が終わった事自体の効果を見ておく必要がある。つまり「悪い内因」、本土決戦を呼号する「狂気」が消失したということだ。

生産には人、モノ、設備(生産手段)が必要だ。日本全土が潜水艦と機雷で海上封鎖されており、船舶も底をついていたから、モノはまったくない。しかし他のものが揃えば生産再開のスタンバイはできていることになる。

戦争が敗戦に終わったのは戦争政策が愚かだったからで(もちろん戦争そのものが愚かではあるが)、ある論者は次のように喝破しており、説得力がある。

日本が太平洋戦争に敗れた理由 1.英米を敵に回したため技術の移入が止まった。2.軍事優先の予算による財政圧迫。3.大陸の利権にこだわって近隣の国家、ついには英米をも敵に回した。

7.まとめ

政治的要因は意識的に排除して論じているので、実際にはそう単純ではない。しかし戦後経済発展の出発点として戦後前期を評価するときには、この辺りでのコンセンサスを形成しておく必要があるのではないかと思う。

最後に、ある論者の感想を引用する。すごく共感するところがある。

戦後の日本は荒廃し誰もが貧乏でした。そんな時外国(米国)映画を見ると車や若者の格好など豊かな姿をうらやましく見ていました。
自分たちもあのようになりたいという欲望を国民皆が持ちました。その欲望が活力となり、まじめに働いた結果だと思います。