こんな動画 と書いたのですが、実はこの前後に延々と映像が続いていて、すべて1946年5月の日本の情景です。

すべて“総天然色”。日がな見ていてすっかりハマりました。

感想を総じて言えば、この時点でも日本は廃墟どころではないということです。

アメリカがどのくらい爆弾を落としたかは知らないが、日本全土の広さから言えば引っかき傷程度で、戦前の日本はほとんど無傷で生き残っていることがわかります。

確かに大都市の殆どは焼け野原になりましたが、実のところペラペラと燃え上がったのは庶民(街場の勤労者)の民家だけで、生産設備は結構しぶとく生き残っていたこともわかります。

ポツダム宣言の受諾をめぐって、軍部が「まだ戦える」と突っ張ったのも、あながち“狂気の沙汰”とばかりは言い切れないかも知れません。

これだけの社会的・経済的土台が残っていて、その上においかぶさっていた内務省官僚だの、軍部だの、コンツェルンだの、要するに「絶対主義天皇制」のかさぶたが取れれば、戦後日本が大発展を遂げても何の不思議はないでしょう。

田舎は昭和10年代の最盛期日本の力と気分をそのまま維持していた。その力が都市の再生と新権力層の成立を促し、一方で600万人に及ぶ帰還者を受容し生産力に転換させていったのだろうと思います。

昭和30年、「戦後10年、戦後は終わった」と盛んに唱えられました。私もおさなごころに覚えています。

ちょうどこの頃に、日本の生産水準は戦前の最高レベルを超えたのです。「戦後は終わった」という言葉は実に時代の雰囲気をよく象徴していました。

しかし、いま考えてみると、「戦争がなかったごとく」生活を続けてきた田舎の人々にとっては、「戦後は終わった」のではなく、「戦前は終わった」という実感のほうがふさわしかったのではないでしょうか。たしかに「一つの時代が終わった」という実感には間違いありませんが…


ちょっとこの感覚というのは大事にしていきたいと思います。

「戦後70年」を評価するときに、あるいは戦後の保守主義を評価するときに、決定的な拠り所の一つになるかもしれません。