まずは簡単なところから

仙崎について

山口県というところは、地図で見るとまことに取りとめないところで、たぶん下関と岩国が大所なのだろうが、いずれも県の端っこに位置しており、山口はいかにも政治的バランスで県庁所在地になっただけという感じだ。

山口大学(医学部)は宇部だったと思う。そして日本海側に長門市と萩市がある。長門市というのもいかにも町村合併のドサクサでつけましたという名前で、作り物めいている。

実はわたしは今日まで萩と長門市を混同していた。地図で見ると随分離れているから、商圏としても独立しているのであろう。

長門市に大きな島がくっついているのも初めて知った。日本海というのは、とくに山陰ではのっぺりとした海岸線がダラダラと続いているだけかと思っていた。しかしこの辺りはリアス式と言ってもいいほどの込み入った海岸線が形成されている。

山口

で、仙崎に行く前に長門市。

長門市は今年9月時点で人口3万5千人、胸を張って「市です!」と答えられる市である。と言っても40年前には5万5千人だったから、過疎化・高齢化の真っ直中にあることも間違いない。

昭和29年に大津郡深川町、仙崎町、通村、俵山村が合併、市制施行し、長門市になる。(ウィキペディア)

とのことだから、必ずしも最近のことではない。それにしても近隣から市名について文句は出なかったのだろうか。

それで深川の方が中心になってしまったのだが、この深川という町、なにもない。城下町でもないし産業都市でもない。むかし美祢の炭鉱(無煙炭がとれた)とを結ぶ鉄道の山陰本線とのジャンクションになっているから、それで発展したのかもしれないが、いまとなってはただの思い出話だ。

なお現在は長門市だが、平成の大合併まで日置町として存在した日置村の村長を務めたのが安倍晋太郎の父安倍寛で清廉潔白な人格者として知られ、地元で「大津聖人」、「今松陰」などと呼ばれた。

ホンマに情けない孫だ。

ということで、仙崎

仙崎

これで景色が悪かろうはずがない。市外は仙崎駅から海峡までの三角地帯だ。

ウィキペディアによると

関釜連絡船として就航していた興安丸が母港として釜山と仙崎・博多港を往復した。

仙崎港で受け入れた引き揚げ者は413,961人。これは博多・佐世保・舞鶴・浦賀に次ぐ5番目の人数である。

葫蘆島(華北)、上海、釜山からの上陸者が多かったと言われる。引揚者は汽車で下関に行き、そこから全国に分散した。

と、とりあえずここまで