本日のラ・テ面に、初めて知る事実が掲載されている。

記事そのものは、山口放送制作の「奥底の悲しみ~戦後70年、引き揚げ者の記憶」という番組の紹介なのだが、この番組が「特殊婦人」を知らしめた初物尽くしのすごいものだ。

引揚援護局は引揚者の中に「特殊婦人」という分類を設けていた。それぞれの港に「婦人特殊相談所」も設けられていた。

以下、引用させていただく。

「特殊婦人」とは、敗戦後の中国大陸や朝鮮半島で旧ソ連軍兵士から性的暴行を受けた女性たちのことで、望まない妊娠に苦しんだ人もいました。

この事実が、いくつかの証言で裏付けられていく。

「女学校の級友の3分の1が帰ってこなかった」「抵抗すれば殺された」「帰国する船から海に飛び込んだ人もいた」

福岡県二日市町(現つくし野市)に解説された保養所では、極秘裏に中絶が行われていた。当時保養所の看護婦を務めていた女性は「一日も早く体をきれいにして故郷に帰してあげたかった」と語ります。

以上が核心的事実。

それ以外にも知らなかったことがひとつ。山口県長門市の仙崎というところに港があって、ここも戦後引揚げ者を迎え入れていた。その数が41万人というのには驚いた。

恥ずかしながら、引揚者イコール興安丸イコール舞鶴港というのが刷り込まれていて、疑ったこともなかったが、考えてみればなぜわざわざ舞鶴なのかという疑問は湧いて当然だ。

「特殊婦人」ももちろんそうだが、戦後引き揚げの実相を少し調べてみなくてはいけないようだ。


忘れていた。この記事は山口放送でこの番組の制作にあたった佐々木聡ディレクターを讃えたものだ。佐々木さんはこの番組で日本放送文化大賞グランプリを獲得したそうだ。この記事からだけでもそれだけの重みはありそうだ。


ということで、調べた結果が以下の記事