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「資本主義以前」(『資本論」第3部第36章)の草稿について

-『資本論』第3部第1稿の第5章から-大谷禎之介

わたしの学習ノート


はじめに

現行版資本論の第5篇第36章に利用された草稿は、「第5章利子と企業利得(産業利潤または商業利潤)への利潤の分裂。利子生み資本」の第6節「市民社会以前」である。


1. 第36章の草稿 エンゲルス版との相違


草稿とエンゲルス版との相違は,草稿訳文の該当箇所をまず掲げ,次にそれがエンゲルス版でどのようになっているかを記す。

(以下、草稿の全文が掲載されている。この部分では現行版との突き合わせは行われていない)


2.第36章の草稿=草稿 第5章第6節について


(1)草稿の状態


現行版資本論の第5篇第36章に利用された草稿は、「第5章利子と企業利得(産業利潤または商業利潤)への利潤の分裂。利子生み資本」の第6節である。

しっかりした構想にもとづいて仕上げられたものと見るのは困難である。


(2)以前のノートの利用


資本主義以前の時代の高利資本に関する記述については、「1861-1863年草稿』のうちの「利子生み資本」についての部分2)を活用している。

いっぽう,産業資本が高利資本と闘い,信用制度を創造してそれを自己に従属させていく過程にかかわる記述は、ほとんどが書き下ろしである。


(3)ノンブル変更から推定されるページの入れ替わり


ページの順は書き換え前のほうが適切である。

支払手段としての貨幣の機能が高利の本来の地盤であること―→高利資本そのものについての歴史的記述―→その高利にたいする反作用として信用制度が発展していく歴史的過程(12-18世紀)―→,チャイルドなどの高利にたいする激しい攻撃が近代的銀行制度の先駆であった―→17-18世紀における高利にたいする敵対。

マルクスが誤って全紙を反対に折り返したためにページの入れ替えが生じたとかんがえられる。


(4)草稿の第3部第5章のなかでの6節の位置


1~5節が利子生み資本の分析であるのに対し、第6節は歴史に関する叙述である。

1.利子生み資本の歴史的な成立過程

生成しつつある生産的資本が,どのようにして利子生み資本を自己のうちに包摂し,自己の形態(派生的形態)としていくのか。

2.資本主義の発展に利子生み資本が果たす意義

そのようにして生産的資本に包摂された利子生み資本の運動は,生産的資本そのもの止揚にとってどのような歴史的意義をもつことになるのか。

が述べられる。

これらの叙述は、『資本論』第1部の第24章(いわゆる本源的蓄積)、第3部の第20章(商人資本に関する歴史的なこと)、第3部第47章(資本主義的地代の生成)と重なるものがある。

 


この後、大谷による「理論的展開」と「歴史的考察」についての長い講釈が続く。それを読んでいて、ふと大塚久雄の語った言葉を思い出した。

たしか大塚は、形式論理学の行き詰まるところ、マルクスは叙述的理解によってその壁を乗り越えていった、というようなことを言っていた。

いわば、要所要所での歴史的考察を次の段階へと進むジャンピング・ボードと考えていたことになると思う。

それに対して、大谷は理論展開は途切れることなく進むのであって、そこには破綻はない。そこは歴史的考察による理論展開の総括にあたるのだ、と主張している。

たしかに大谷説のほうが説得力はありそうだ。

ノコギリは前後に往復運動を繰り返しながら木材を切り進めていく。
そのときに、前後の往復運動の繰り返しが、どうして木材を切るという動きにつながっていくかを示すのが理論展開とすれば、そうやって木材が切り分けられ材木となっていく経過を示すのが歴史的考察ということになる。

 

(5) 利子生み資本と高利資本


「1861-1863年草稿」の記載


利子生み資本は,歴史的形態としては産業資本以前に現われる。

産業資本が登場した後は、産業資本と並んでその古い形態のままで存続する。

そして産業資本によって、一つの特殊的形態として資本主義的生産のもとに包摂される。

それは産業資本自身の発展の過程ではじめて可能となる現象である。

高利そのものは,資本主義的生産様式のもとで存続するだけでなく,すべての古い立法がそれに課していた制限から解放される。

(まさにネオリベラリズムの本質を言い当てているようだ)

利子生み資本は,資本主義的生産スタイルでは借入れができないような,諸個人や諸階級にたいしては,高利資本として現われる。高利資本という形態しか取らない。

資本主義的生産様式のもとでも,まだ資本主義的生産に包摂されていない産業部門があるかぎり,そこでは,貸し出された資本は剰余価値を生産するように前貸しされず,高利資本と区別されることはない。

 

(6) 高利資本の発生とそれの特徴的な存在形態


高利資本の発展のためには,商品生産と貨幣での支払の必然性とがいくらか発展しているということのほかにはなにも必要としない。

初期においては、貨幣は,富の表現様式という本来の使用価値ではなく,一般的な富として現われる。このことに貨幣蓄蔵はもとづいている。

貨幣蓄蔵の衝動はその本性からいって無際限である。同時に,どの現実の貨幣も量的に制限されている。このような,貨幣の量的制限と質的な無制限との矛盾は,貨幣蓄蔵者をあくなき蓄積のシシュフォス労働へと追い返す。

貨幣蓄蔵'は、高利資本においてはじめて実在となり,その夢を実現する。彼が望むものは生産的資本ではなく,貨幣としての貨幣である。

貨幣が現われれば、必然的に貨幣蓄蔵も現われる。とはいえ,職業的な貨幣蓄蔵者は,高利賃に転化するときにはじめて有力になる。

致富衝動は,資本家にも貨幣蓄蔵者にも共通であるが,しかし,貨幣蓄蔵者は気の違った資本家でしかないのに,資本家は合理的な貨幣蓄蔵者なのである。

価値の無休の増殖を、りこうな資本家は,貨幣をたえず繰り返し流通に投げ込むことによって成し遂げる。貨幣蓄蔵者は,貨幣を流通から救い出すことで追求する。

利子生み資本が資本の支配的な形態であるときには,利子生み資本は、資本が生産そのものに参加することを妨げる。

資本主義とは別の生産諸様式では、利子生み資本は資本を生産そのものにはまったく参加させない。なぜなら利子生み資本は直接には流通過程で形成され増殖するものだからである。

 

(7) 前資本主義的生産様式の破壊者としての高利資本


高利資本は労働を直接には自己のもとに包摂せず,したがってまた産業資本として労働に相対しない。

高利資本は生産様式を窮乏させ,生産力を麻痒させ,悲'惨な状態を永久化する。

ローマの貴族が、平民や小農民をすっかり破滅させてしまったとき,この搾取形態は終りを告げた。純粋な奴隷経済が、小農民経済にとって代わった。

(この辺りはどうも歴史的事実として納得出来ないところがある)

 

(8)資本主義的生産様式の生成に高利資本が果たした役割


高利資本の作用が解体的な意味ではなく、歴史的な意味を持つとすれば、それは労働者から労働条件(労働手段、設備、土地、原料)を分離することである。


そして分離された労働条件を商品として売買するための貨幣財産を形成することである。

高利は,それ自身資本の成立過程として歴史的に重要である。なぜなら土地所有に依存せず、土地所有と相対する貨幣財産が形成されるからである。


(生産資本により包摂された高利資本というのはおかしい。高利資本が寄生する先を資本主義社会に変えただけではないか。そもそも寄生虫は包摂されることを出発点としているのであって、資本主義に負けたことにはならない)

(これまで議論してきた所有の問題、ないし所有の否定は、資本主義生産様式よりもむしろ高利資本の徹底した破壊にもとめるべきではないか)


旧来の労働諸条件の所持者を滅ぼすという点で、高利は産業資本のための諸前提を形成する。

高利と商業とによって形成された貨幣資本は,農村では封建制度によって,都市では同職組合制度によって,産業資本への転化を妨げられた。

このような制限は高利資本によって破壊された。

 

(9) 利子率の強制的引き下げのための闘争


信用制度は信用・銀行制度とも表現される。銀行という独自の資本主義的組織を中核とする,利子生み資本の集中.媒介・配分のための機構である。


つまり利子生み資本を管理する社会的機構である。


信用制度の歴史的形成の前提は、貨幣取扱業の発展だが、貨幣取扱業の発展は商品取扱業の発展なしにはありえない。

そのかぎりでは,貨幣取扱業の発展は理論的には商品取扱資本のもとでの信用関係,すなわち商業信用の発展を前提とする。


しかし、高利のもとに形成された貨幣財産は,そのまま生産的資本に転化することができるわけではない。貨幣財産は生産過程から切り離されたところに自立的な形態で存在する


資本主義的生産は最初は,高利と闘わなければならない。この歴史的過程は、


第1に,産業資本が国家を利用して利子率の強力的な引き下げをはかる段階

第2に,十分強くなった産業資本が,信用制度を創造することによって,利子生み資本を自己に最終的に従属させていく段階


に分かれる。


古代の世界では利子は許されていなかった。キリスト教的中世には,利子付き貸付は「罪悪」であった。

宗教改革を経て、17世紀のイギリスでは、論難はもはや高利そのものにではなく,利子の大きさに,信用にたいする利子の圧倒的な割合に向けられる。


18世紀末になると、ベンサムが「高利擁護論」を発表。・自由な高利が資本主義的生産の要素として承認される。

 

(10) 利子生み資本の包摂のための信用制度の創造


第2の段階は、資本主義に特有な形態である信用制度がテコとなる。


信用制度の発展は高利にたいする反作用として実現される。信用制度は利子生み資本一般を追放するのではなく、反対にそれを公然と承認する。


信用制度では、貨幣資本が商品となって競争のもとに置かれるようになる。そうなれば貨幣資本を強制的に従属させる必要はなくなる。


信用システムは産業資本自身の創造物であり,それ自身産業資本の一形態である。
それはマニュファクチュアとともに始まり,大工業とともに仕上げられる。

(しかしこれだけではドグマにすぎない。マルクスは歴史の中から例証しようとする)


信用制度はどこでも,海外貿易および海外市場の発展に比例して発展した。

…信用制度の成立過程では公信用が重要な意味をもっていた

…貧窮を基盤とした古風な高利の独占は,おのずから覆えされていた。

…船が帰ってくるまでに、いっそう長く待たされるようになり、積み荷にはいっそう多額の前貸が必要となった。

 

(11) 信用制度の歴史的意義


資本論第三巻第35章(草稿第6節)では、信用制度が歴史のなかで果たした役割が論じられる。

それは資本主義的生産そのものが、信用制度を通じて歴史のなかで果たした役割でもある。

それは、資本主義的生産そのものの止揚の諸前提を生みだすのにどのような役割を果たすのかを示している(はずである)


銀行制度は,一方ではすべての死蔵されている貨幣準備を集中してそれを貨幣市場に投じることによって、高利資本からその独占を奪い取る。

他方では信用貨幣の創造によって貴金属そのものの(貨幣市場の)独占を制限するのである。…貴金属による市場独占から解放される

信用・銀行制度は、資本家に社会のあらゆる処分可能な資本を用立てる。資本の貸し手もその充用者もこの資本の「所有者」でもなければ生産者でもない。

このようにしてこの信用・銀行システムは資本の私的な性格を止揚する。したがって即自的に資本そのものの止揚を含んでいる。

 

大谷さんはこの後、持論のアソシエーション論を展開する。

私の関心域ではないので省略。