とりあえず分かったのは、チャイコフスキーは5人組のあとの6人目だったということです。
ただしそれはあくまで出現順の番号としてそうだったということであって、5人組の思想とは別のところにチャイコフスキーの目標はあったのでしょう。
技術的に言えば、5人組の思いをもっと近代的な技法で描き出す試みであり、「ロシア的なものを」という思いは5人組に引けをとらないほど強烈であっただろうと思います。
ビジネス戦略的に言えば、西欧の音楽マーケットで「ロシアっぽさ」を売りにして成功し、それを逆輸入する形でロシア音楽の優位性を鼓吹しようという外圧利用型の迂回戦略です。これは戦後日本の例えばソニーの世界戦略でもよく見られたパターンです。