長島さんの文章を読んでいて感じたのだが、時間には幅があるのではないかということだ。「揺らぎ」を使う際にしばしば物質が現れては消えるような揺らぎを問題にしている。しかし問題なのは物質の揺らぎではなく、容れ物としての時空の揺らぎではないのか。

だからヴィレンケンの言う「無から物質が生じる」なんていうのは間違いだとおもう。あえて言えばアウトフォーカスで見えなくなるか、カメラを持つ手がブレて物体を見失うことなのではないか。

相対性理論に量子力学を組み込む時から、事物の不確定性理論は宿命的につきまとうのだが、その本質は時間軸の曖昧さにあるのだと思う。不確定性というのは時間軸に幅があるということだ。少なくとも我々の経験する時間軸には幅があり揺れがあり、濃淡がある。

それを均一な一直線として捉えるから問題が出てくるのだと思う。この問題はもうひとつの時間軸、揺れない時間軸を想定することによって解決されるのだろうと思う。第5次元だ。