差別について

大変微妙な話なので、ここだけにして欲しいのだが、

差別用語とされる言葉の中には、1.言葉そのものが対象を侮蔑したものと、2.もともと差別用語ではなかったものが、社会関係の変遷するなかで侮蔑的なニュアンスをふくむようになったもの、3.直截な表現を嫌う世間の風潮のなかで遠回しな言い方に変わったものがある。4.さらに科学的に不正確であることから意識的に変更された言葉もある。

言葉そのものが相手を侮辱しているのに差別用語と受け取られていない言葉もたくさんある。バカ、アホ、ブス、ケチ、スケベ、etc

盲、聾、唖はどう考えても差別用語ではなかった。今でも盲学校は盲学校だし、聾学校も聾学校だ。ただ面と向かって言うのに、遠回しに表現するという意味ではなかったのか。便所を手洗い、月経を生理というが如くである(一時はアンネといった)

医学用語はずいぶん変わった。とくに精神科領域で変化が著しい。一応正確になったとされるが、本当に正確かは疑問が残らないでもない。

最近では痴呆症が認知症になった。せめて認知障害と言って欲しかった。分裂病が統合失調に、躁うつ病が双極性障害に、ヒステリーが解離性障害になった。どういうわけか、てんかんだけは変えようという動きはない。

これに伴い古い用語がただ単にゴミ箱に捨てられるだけなら良いが、それが差別用語の箱に入ってしまうから困ったものだ。

キチガイ、狂人は今や立派な差別用語だ。しかし以前はそうではなくて、一般に使われていた。

だから、発狂するとか、キチガイじみたなどという派生語まで使えなくなってしまう。鉄道キチガイは鉄道オタクに変わった。しかし「オタク」も考えてみれば、宮崎勤以来、差別用語ではないか。

ところでトラキチはいいのかな? それとも泉大津では差別用語なのかな?


差別用語が多い書籍をすべて回収するのか?

おそらく明治大正の文学には差別用語が多いものがたくさんあると思う。これらをリストアップして、すべて回収すべきものとしないと、著しく法的公正を欠く恐れがあり、恣意的との誹りを免れ得まい。